RICARDO VILLALOBOS『Dependent And Happy』(Perlon)

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ricardo-villalobos-dependant-and-happy.jpg リカルド・ヴィラロボスの名を聞くと、筆者のとあるエピソードを思いだしてしまう。某クラブで知り合い、今は友人として親しくさせてもらっている方の妹さんに出会ったときのこと。その妹さん、おそらく熱心にテクノを聴いてはいないはずで、実際それほど詳しくはないのだけど、そんな彼女のiPodに入っている曲を見せてもらうと、2008年にリカルドが放ったフロア・アンセム「Enfants」が入っていた。なぜ「Enfants」を入れているのか訊いてみると、「この人についてはよく知らないけど、子どもの"ワワヤヤー"って声が忘れられないから」とのこと。

 それを聞いて筆者は思わず笑ってしまったのだが、確かにリカルドは、"実験的" "難解"と言われながらも、フロアで聴いた次の日にレコード・ショップへ走らせるキャッチーな曲を数多く生みだしている。「Enfants」はもちろんのこと、生首ジャケが印象的な長尺トラック「Fizheuer Zieheuer」でさえ、1度聴いたら忘れられないポップな旋律がある。そして、このキャッチーな側面が戻り、顕著になったのが、ミニアルバム「Vasco」以来約4年ぶりとなるアルバム『Dependent And Happy』だ。

 とはいえ、リカルドのキャリアを追いかけている者なら周知のように、彼は過去を繰りかえすようなマネはしない。特定のスタイル、シーン、コンセプトに依拠することなく音楽を作ってきたし、常に"自分自身"を超えるためだけに創造性を発揮してきた。その向上心は本作でも衰えておらず、それは本作がアナログでは5枚組で構成され、パート1・2・3に分けてリリースされていることからも窺いしれる。

 肝心の音は、ため息がでるほどの綿密なプログラミング、そこにリカルドが持つ狂気をスパイスとしてふりかけることで、艶かしい官能美すら感じさせる音像が構築されている。特にドラム・プログラミングは秀逸で、細かいベロシティーの設定や繊細なイコライジング、さらには音の抜き差しのタイミングまで、非の打ちどころがない。

 ほとんどのトラックがお得意の4/4リズムであるにも関わらず、聴けば聴くほど本作のトランシーな深淵世界にのめり込んでしまうのはそれゆえだし、研ぎすまされた音がシャープに絡みあっていく「Das Leben Ist So Anders Ohne Dich」のようなビートレス・トラックを間に挟むことでアルバムに起伏をもたらすなど、全体的な流れもよく練られている。

 だから特に推したい曲、というのが実はなくて、「とにかく全曲通して聴いてください」としか言えないのだが、強いて推すなら、やはり「Put Your Lips」になるだろう。男女のヴォイス・サンプルが細やかに変調しながらループし、そこに鋭利なリズムがスマートに忍び寄る瞬間(この瞬間は間違いなく本作のハイライトのひとつ)は、何度聴いてもハッとさせられる。

 そして本作は、ルーマニア勢のミニマリズムと比べられるのだろうけど、筆者はLFOの名を挙げてみたい。顰蹙を買うことは承知のうえで言うのだが、「Das Leben Ist So Anders Ohne Dich」の音色は、LFOの『Frequencies』に収められていてもおかしくないように聞こえるし、アルバム全体を通して、90年代初頭のブリープ・テクノに通じるヘヴィーなベースが多い。

 昨今話題のバレアリックなインディー・ダンスなどは、一昨年あたりから90年代の音楽をブラッシュアップしたような音を鳴らしているが、そうした潮流にリカルドも便乗した? と、本作を聴いて思ったのが正直なところ。だからといって批判するわけではないし、便乗の云々関係なく、本作が今年のベスト・アルバム候補たるクオリティーを備えていることに疑いの余地はない。

 ただ、「Vasco」リリース以降にリカルドが手がけたリミックス・ワークのほとんどは、実験精神が暴走した凡庸なトラックが多かっただけに、リカルドなりに本作のジャストなバランスを見つけるため、あえて90年代初頭のエレクトロニック・ミュージックの要素を取りいれたのではないか。だとしたら、本作の平易な側面にも説明がつくのだが。

 

(近藤真弥)

 

【編集注】CD版はミックス仕様。日本盤は9月26日リリース予定。

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