トクマルシューゴ「Decorate」(P-Vine)

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トクマルシューゴjpg.jpg 伝えたい言葉、メッセージはない、と表明するトクマルシューゴたる存在が好事家、評論家、音楽家たちの間の評価を抜け、巷間へ広がったのは2007年の『Exit』だと思う。それまでの作品も海外メディアからも称賛を受けるなどしていたが、ティーンエイジ・ファンクラブのノーマンが真っ先に当該作品への喝采を叫び、多くの楽器、楽器ではないものも多重に被せ、トイポップ的に、更に歌詞内では悪い幻想のように断片が散りばめられるという独特の質感と内的世界観。『Exit』の冒頭曲「Parachute」の躁的なポップネス、と鮮やかなギターの速弾き、あまたの音色が跳ねる中で《All Day Holiday》と歌いながらも、シニガミや迷いのかじをとるためのパラシュートの想片が出てくるあたり、現実/夢、此処/彼岸の危うい部分で踏みとどまる雰囲気があり、ライヴでもこの曲は定番で、確かに映えるのだが、兎に角、トクマル氏のギターの指捌きだけ観ても、凄まじい。

 それでも、『Exit』は、『Night Piece』、『L.S.T』沿いの内省性と多くの音楽語彙、それはカンタベリー・サウンド辺りからの影響からキンダーコア、エレファント6界隈、ソフト・ロック、ベックやコーネリアスを筆頭とする独自のサウンド・タペストリーを緻密に編むアーティストと比肩する一部分が仄かな光に混じり、届けられた、そんな気がする。だから、「La La Radio」でのキャラバンやソフト・マシーン系譜のプログレッシヴでエクスペリメンタルな構成の方に個人的に唸らされた。

 完璧主義者で、マッド・サインエンティストめいた孤独を愛する彼はしかし、幼馴染みとゲラーズ(GELLERS)というバンドを組んでおり、僕も2010年のフジロックの苗場食堂で観たのだが、状況としてはすぐ傍でアトムズ・フォー・ピースがパフォーマンスをしている中、トム・ヨークの声が朗々と響く空気下だった。そこで、トム・ヨークが居る元来のバンド、レディオヘッドの曲「Creep」を本当にラフなバンド・サウンドでしかも、トクマル氏のボーカリゼーションもいつにもない粗暴さでカバーしたときの印象が強い。根は天邪気で反骨の人であり、並列して、ノマド的に各地、各国のイヴェントにフラッとあらわれる、そんな存在感は00年代後半以降、どんどん巷間の要請が大きくなる。

 09年のミニ・アルバムでのマジカルな「Rum Hee」はCMでも用いられるなど、一聴で「彼の音」と分かる記名性はより高まり、それでも、これは、バッド・トリップの唄だった。《大きなこの空に取り残されていくよ 盗まれた船が見える》、《寿命を縮めても パズルが崩れるよ》。2010年の四枚目のアルバム『ポート・エントロピー』は、彼への巷間の飢餓感と内容がリンクしたかのように思えたが、作品そのものはやや品行方正さを含み、トクマルシューゴたる存在感を改めて世の中の多くの人たちに、というもどかしさをおぼえたところは否めない。彼自身はインタビューで、メルヘンやファンタジーの言葉の厭いを表明していたりするが、そういった言葉で粗雑に一括りされてしまうのは違う、ということであれば、『ポート・エントロピー』で出会った人は入口と出口の間で迷わざるを得ない、そういう誤配/互恵の関係性は極まった気がする。その後もよりライヴ活動、多くの媒体で彼の音楽はフックされ、賑やかになってゆくが、彼自身はいつでも飄然としていた。Twitterでの彼自身のツイートもHPでの録音日誌も。

 そこで、11月にフル・アルバム『In Focus?』のリリースが決定し、リード・シングルとなるのがこの「Decorate」になる。彼自身が9月4日の録音日誌で触れているので、引用すると、「アブストラクトに書くと、オルガン、ベース、ドラム、トイピアノ、アコーディオン、ギター、リコーダー、バイオリン、5拍子、サビ前のシンコペ、スパニッシュな部分も急行通過という感じで、ごく自然に、狭間の、あたかも昔から当たり前にある国の音楽になってきた。」との、"昔から当たり前にある国"の音楽、"急行通過"の言葉が相応しくも、いつになく祝祭的なムードが漂う。但し、不穏な変調、《いつまでも途中のままで》というフレーズが残り、多くの楽器が有機的にしかし、いびつに組み合わされた隙間に意識が行ってしまうあたり、何度聴いても発見がある彼の美意識が細部まで捻じれた一曲になっている。シングルのみ、アルバムには入らない2曲が収録されている。ファンからは待望だったと思う、ライヴでも定番のバグルス「Video Killed the Radio Star(ラジオ・スターの悲劇)」のカバー。これも、彼らしいトイ・ポップ風の抜けの良いアレンジメントで、異彩を放つカバー・センスになっている。「When I Fall In Love」は、ヴィクター・ヤング作曲のスタンダードのインストゥルメンタル・カバー。これはサイケデリックに、フリー・ジャズを愛好していた彼の器量が見えるもの。

 最後に、特筆しておかないといけない。このシングルがCD、配信のみならず、ソノシートでのリリースもされるということだ。ソノシート自体をもう分からない方も居るかもしれないが、昔、雑誌などによく付いていた薄いレコード盤で、取扱いやすいが、当たり前に音は悪い。彼も8月30日の録音日誌で「音が悪い、です。戦前のレコードのようです。音飛びもします。聞けば聞くほど音が悪くなっていきます。」と自ら記しつつ、その後に。「なんて儚い。。」という言葉を置く。自らソノシートの儚さを分かり、それでも、ソノシートで(ただ、良い音で聴けるダウンロード・コードも付属してある)出す行為が彼なのだと思う。音楽の儚さや多重に意味付けされるイメージへの気骨と認識。

 なお、ソノシートは日本ではもう生産されていない。

(松浦達)

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