VARIOUS GORGE BOOTISTS『Gorge Out Tokyo 2012』(Gorge In)

Gorge Out Tokyo 2012.jpg 最近ネット上で話題の"ゴルジェ(Gorge)"は、インド~ネパール山岳地帯のクラブシーンで生まれた音楽だそうで、クライミング・カルチャーと深い関わりを持っている(蛇足だが、ゴルジェと同じスペルを持つ"ゴルジュ"という登山用語がある)。そんなゴルジェのオリジネイターとしてリスペクトされているのが、DJ Nangaなる人物。DJ Nangaが言うには、《Use Toms(タムを使うこと)》 《Say it "Gorge"(それがゴルジェと言うこと)》 《"Don't say it "Art"(それがアートだと言わないこと)"》という3つのルールによって形成された"GPL(Gorge Public License)"に準拠している音楽を、ゴルジェと呼ぶらしい。ゴルジェを鳴らす者は"ゴルジェ・ブーティスト"と呼ばれ、日本はもちろんのこと、アルゼンチンのMVVMやカナダのシアターXなど、"ゴルジェ・ブーティスト"は世界中に存在している。そして、そのゴルジェ・ブーティスト達が一堂に会したコンピレーション・アルバム、それが『Gorge Out Tokyo 2012』である。

 ゴルジェを初めて聴いたとき、中低域を強調した独特な音像と、過剰とも言えるウォブリーな歪みから、『Degenerate』期のヴェクスドの音を発展させたような音楽? と思ったりもしたのだが、その後ゴルジェと呼ばれる曲をいろいろ聴いていくと、実に多様な要素を伴った音楽であることがわかってきた。それは本作も例外ではなく、アレックス・パターソンのヴォイス・サンプリング・センスが憑依したようなウッチェリ「Dead End Gorge」や、シャックルトンの呪術的グルーヴを想起させるハナリ「Gorge is Gorge」、さらにはジャジー・ゴルジェと呼べる風合いに仕上がっているソビエツキー・ブレジネフ「La La Gorge」といった曲もあるなど、"バラエティー豊かな"という次元を遥かに超越した、言ってしまえばメチャクチャなコンピレーション・アルバムである。そもそも、先述の"GPL"を守りさえすれば何でもゴルジェと呼べるだけに、本作が"何でもあり"な作品となってしまったのは、必然といえば必然だ。ノイズ/インダストリアル・ミュージックとして解釈したほうがわかりやすい曲が多いという点では、ある程度の共通性を見いだせなくもないが、「それぞれのGorgeがそれぞれの場所と、それぞれの人にある」と、DJ Nangaがインタビューで語っているように、ゴルジェとは特定の音楽性を指すジャンル名ではなく、思想のようなものではないか。ジョー・ストラマーの名言をもじった言い方をすれば、"ゴルジェ・イズ・アティチュード"なのかもしれない。

 と、ここまでゴルジェと本作について書いてきたわけだが、実はゴルジェ、一部の人のあいだではマッチポンプ、つまり自作自演の音楽ではないかという声もある。正直筆者も、マッチポンプではないかと疑っている。だが、それがどうしたというのだ? 仮にゴルジェが虚構の積み重ねで作りあげられたものだとしても、面白い音楽がそこにあるという事実に変わりはない。それだけで十分だと思うのだが、どうだろう? 「人間とは精神である。精神とは自由である。自由とは不安である」というキルケゴールの言葉があるように、人間とは依拠できる"規定"や"決定"、いわゆる"絶対的なもの"を常に求めているし、虚構であるというだけで偏見を抱いてしまいがちだ。しかし、そうした偏見を捨て、良いものは良いと認めてしまえばいい。実際にゴルジェという音楽は、とても興味深いものなのだから。

 

(近藤真弥)

 ※本作は《Gorge In》のバンドキャンプからダウンロードできます。

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