TESUSABI「生活」(Self Released)

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TESUSABI.jpg テスサビのロックとは荒々しく、そして清々しさを堂々と奏で、聴き手の目を見ながら一人ひとりに向かって生活の中での正しさも過ちも隠すことなく訴えかけてくる。アングラの匂いなど全然しない。もし、インディー・ミュージックにおける、胸を突き抜ける爽快感のあるロックを聴きたいと思ったらテスサビを手に取れば問題は何もない。

 現在は英真也と山田悠の2人にサポート・メンバーを加えて活動しているテスサビ。東京を拠点とする彼らの3曲入りのファースト・EPとなる本作「生活」。そこには、わざとらしいところも、あざといところも一切なく、バンドそのものがロックの中にロープなしで飛び込んだ末に見付けたロック・サウンドとグッド・メロディがあり、いわば土臭く、泥臭くても、何であろうと聴き手に音楽を届けたい、届けたくてしようがない、という意思を背負っているがゆえの純度の高さがあるのだ。

 ギターはサイケデリック、ポスト・パンク、ハード・ロックなど数々の要素が窺えるサウンドとフレーズを奏でるが、それらは変化球としてではなく、本作のダイナミックなロックをロールさせ続け、時として渦になり僕らを巻き込む。聴けばすぐさま自閉の扉が開くようなメロディも胸を突き抜け、ありとあらゆるもやもやしたものなど吹き飛ばすだろう。ローファイなサウンドと相まって、そのメロディの美しさは輝き、エモーションに溢れる歌声とともに聴き手の心拍数を高くする。浮遊感があるにもかかわらず、地に足の着いた歌声は自身が抱えている感情を変換して歌っているようには聴こえず、自分自身の感情を揺さぶる生活の中での毒を歌っているかのようだ。それは聴き手に真っすぐ飛び込み、時として痺れを、そして清々しさを後に残す。

 本作をジャンルで言えばロックと言っていいものだが、テスサビはロックを定義付けていない。「ビートルズこそがロック」「キンクスこそがロック」といった近視眼的なところがない。もし、ある種の精神論として"ロック"というものが既存の価値観をぶち壊すものだとしたら、テスサビは"ロック"し続ける。それゆえの原初性が彼らの音楽であり、熱を常に高く保ち、僕らの鼓膜を激しく揺らす。今のシティー・ポップという言い方もできるかもしれないが、彼らは常に"今"を塗り替えていくだろう。

 原初性とは新しいものが生み出されたときに現れる。常に"今"を塗り替えていくであろうテスサビは、原初的であり続ける。そこにはテスサビの音楽に完成形という行き詰まりはないという希望がある。

 

(田中喬史)

 

【編集部注】本作はディスクユニオンサンレインレコーズで8月8日にリリース予定  

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