OONO YUUKI『Tempestas』(Kiti)

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oono.jpg インディー・シーンはやはり面白い。昆虫キッズ、スカート、麓健一、mmm(ミーマイモー)、ヘラジカ、ザ・なつやすみバンド、平賀さち枝など、挙げればきりがないが、どのバンドもアーティストも、それぞれ音楽性は違うが共鳴し、刺激を受け合いながら強力なうねりとして盛り上がっている。そこにはアングラの匂いなど全くない。特に《Kiti》は重要なレーベルで、《Kiti》から発表されたoono yuukiのセカンド・アルバムである本作『Tempestas』は、さらにインディー・シーンを盛り上げる確信に満ちた重要な作品と言える。

 oono yuukiとは大野悠紀のアーティスト名であり、現在は9人からなるバンド編成のロック・グループでもある。前作『Stars In Video Game』のレコーディングを機に、徐々にバンドでの活動を本格化。本作のメンバーはoono yuuki(ギター、ヴォーカル)、たかはしようせい(ドラムス)、フジワラサトシ(ギター)、mmm(フルート)、ナガヤマタカオ(チェロ)、アルフレッド・ビーチ・サンダル(キーボード)、新間功人(ベース)、アシダユウト(ユーフォニウム)、MC.Sirafu(スティールパン、トランペット、マンドリン)という素晴らしい顔ぶれ。それだけでも胸が高鳴り、もちろんのこと音楽も素晴らしい。

 トクマルシューゴと同列に捉える向きがあるのは分かるといえば分かるのだが別物だ。メロディ・ラインのしなやかさとミニマルな様は予期せぬものがふっと現れてくる感覚に満ち、即興演奏ではないが、集団即興演奏的な音の渦と音の鳴りのタイミングがあり、聴き手をぐいぐいと引っぱっていく。前作同様、インストと歌ものが対照となっているのも良い。濃厚でいて心地の良いグルーヴに揺らされ、怒涛のロック・サウンドと多彩なリズムが聴き手の体温を瞬時に上げ、かと思えば静寂を大切にし、歌われるカントリー/フォーク・ミュージックに鎮められる。そのバランスの妙に、本作を前にして聴き手は驚きという喜びを味合うことになる。

 さらには、スティーヴ・ライヒもピクシーズもニュー・オーダーも並列に捉えているoono yuukiの音楽は、現代音楽の要素やガムラン、ダンス・ミュージックを思わせる要素もあり、それらはフルートやチェロ、ギター、トランペット、スティールパン、ユーフォニウムによって醸しだされる。あらゆる楽器の音色が突発的に飛び出し、綺麗にまとめるのではなく、複雑に入り組んだ感触を聴き手に残す。それが本作を人畜無害な音楽だと言わせないものとして働いているから爽快だ。特にインディー・シーンで活動の幅が尋常ではないほど広いMC.Sirafuが鳴らす音色の全ては、少なからずいる「ロックは死んだ」などと言う中年のその口をふさぐことをやってのける。音に文学性や哲学性を持ちこまず、直接聴き手に飛び込ませるエモーションに溢れる鳴り。それが効いていて楽しいのだ。

 どこか別の次元で鳴っているような音が充満している本作は、oono yuukiが楽譜に書かれた二次元をなぞるだけではなく、セロニアス・モンクのように、二次元では表現できない三次元の音を鳴らしているから醸しだされている音世界のような気がしてならない(本作と直接的な関連性はないが昆虫キッズの高橋翔の歌声からも同じものを感じた)。それは平均律へのカウンターとして受け取ることもできる。本作は既存のポップ・ミュージックへの抗いの色が濃いポップ・ミュージックであり、抗っているがゆえの原初性がある。いわば、『Tempestas』とは音楽という表現による音楽批評として働いている。しかしポップ極まりない親しみやすさがあるというアンビバレンス。それがoono yuukiの特徴だ。

 「間違った音を鳴らしたとしても、その音を認めなければならない」と、かつてデューク・エリントンが言ったように、oono yuukiは全ての音を信じている。絶対に音を偽らないし、どんな音だろうと誤魔化さない。こういった音楽がインディー・シーンで深呼吸していることだけでも意義がある。何か制限を設けても、どうしてもそれを突き破ってしまう。そんなスリルが今のインディー・シーンであり、oono yuukiの音楽なのだ。

 

(田中喬史)

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