NENEH CHERRY & THE THING『The Cherry Thing』(Smalltown Supersound / Calentito)

|

TheCherryThing.jpg ネナ・チェリーと北欧のフリー・ジャズ・トリオ、ザ・シングがコラボレーションした『The Cherry Thing』を聴きながら、僕は「録音する」という意味としても使われる「吹き込む」という言葉を久しぶりに思い出した。ネナのソウルフルで官能的な歌声、ザ・シングのマッツ・グスタフソンが鳴らす力強くて、時に繊細なサックスの響き、そしてシンガーとバンドのエモーションがひとつになる瞬間。両者の呼吸、息づかいまでもが聞こえてきそうなこのアルバムに「レコーディング」という言葉は素っ気ない。「録音」もしっくりこない。やっぱり「吹き込む」という言葉がぴったりだ。

 ネナ・チェリーは、ジャズ・ミュージシャン、ドン・チェリーを養父として育ち、リップ・リグ・アンド・パニックを経てソロとしても成功を収めている。89年にリリースされたソロ・デビュー・アルバム『Raw Like Sushi』の大ヒットは、僕もリアル・タイム世代として記憶しているけれど、その時もその後も彼女の音楽を熱心に追いかけてきたわけじゃなかった。今でも聴き続けている彼女の(参加した)アルバムはニュー・エイジ・ステッパーズの2nd『Action Battlefield』とゴリラズの2nd『Demon Days』だったりする。ニュー・エイジ・ステッパーズに参加した時、ネナはまだ14歳。出自もデビューも立派すぎるだろ! あの『寿司』アルバムがバカ売れしたのにも「悪くないし、当然かな...」っていう程度に距離感があった。90年代後半には、異父弟のイーグル・アイ・チェリーも売れたしね。

 それでも僕がこのアルバムを見つけて手に取った理由は、スーサイドの「Dream Baby Dream」がカヴァーされていたから。しかも、国内盤のボーナス・トラックはニコの「Wrap Your Troubles In Dreams」(1stアルバム『Chelsea Girl』に収録。作詞作曲はルー・リード)だし。そう、これはネナとザ・シングによるカヴァー・アルバム。他にもストゥージズやマッドヴィリアン(MFドゥーム&マッドリヴ)、マルティナ・トップレイ・バードからドン・チェリー(やっぱりね!)、オーネット・コールマンまで刺激的な名前が並ぶ。さらに、ネナとザ・シングのマッツ・グスタフソンのオリジナル・ソングをそれぞれ1曲ずつで全9曲という構成だ。

 「でも...ジャズなんて聴いたことないし」だとか「フリー・ジャズってなに?」だなんて、気負わずに手に取ってもらいたいと思う。ネナとコラボレートしているザ・シングは前述のマッツ・グスタフソンとインゲブリクト・ホーケル・フラーテン(ベース)、ポール・ニルセン・ラヴ(ドラム)の3人編成。ベーシストとドラマーは、ノルウェーを拠点とするアトミックというジャズ・ユニットとしても活動中。メンバーのディスコグラフィーを辿ってみると...サーストン・ムーア、ジム・オルーク、大友良英など、気になる名前ばかりの共演作が浮かび上がってくる。既成概念としての"音楽ジャンル"を飛び越えるコラボレーションは、もうとっくに実現しているんだ。この『The Cherry Thing』は、そんな豊かな音楽シーンへと導いてくれる入門盤としても最適だと思う。僕は「スーサイドのカヴァー+ジャズ」からジェームス・チャンス&ザ・コントーションズみたいなノー・ウェイヴのサウンドを連想したり、自らの音楽性を「フェイク・ジャズ」と呼んだジョン・ルーリーが鳴らしていたラウンジ・リザーズの本気の遊び心を感じたりした。そしてもちろん、オリジナルを知っていれば、聴き比べるのもとびきり楽しい!

 スーサイド「Dream Baby Dream」のオリジナル・ヴァージョンはミニマムでメランコリック。チープなシンセ・サウンドに乗せて《Dream Baby Dream, Forever... And Ever...》という歌詞が執拗に繰り返されるその曲は、気がふれた子守唄のよう。95年には石野卓球がソロ・デビュー・アルバム『Dove Loves Dub』でカヴァー。オリジナルでは3分ほどだったその曲が、10分超のダブを効かせたアンビエント・テクノにアレンジされている。そして00年代には、ブルース・スプリングスティーンが05年の"Devils And Dust"ツアーのステージで取り上げている。ボスがオルガンで弾き語るその姿は、当時のアメリカに捧げる悲痛な鎮魂歌のように映った。ブッシュが再選を果たした翌年、ハリケーン・カトリーナがアメリカを襲った。オバマ政権の誕生まで、あと3年も待たなければならなかった頃のことだ。

 そして2012年。「Dream Baby Dream」はテクノでもロックでもなく、ジャズとソウルの結晶として仄かな光を放つ。《夢を、ベイビー、夢を見なさい》と囁く女性の声がオルゴールのような電子ピアノと重なり合う。緩やかに加速するダブル・ベースとドラムは心臓の鼓動。サックスは夜の空を舞い、木々を揺らす風になる。不穏な響きなのか、それとも心休まる調べなのか。その答えは聴く人、あなたに委ねたい。今夜、世界のどこかで、日本のどこかで聴かれるかもしれない子守唄。

 タイトルどおりにアコーディオンがフィーチャーされていた「Accordion」(マッドヴィリアン)の斬新すぎる解釈に驚き、オリジナル以上に猛り狂う「Dirt」(ストゥージズ)に耳を奪われる。どの曲にも共通していることは、溢れんばかりのエネルギー。ネナ・チェリーとザ・シングが「吹き込んだ」のは新しい生命だと気付いた。生まれ変わった曲は、ジャンルも時代も国境も飛び越えて「今、ここ」にあるべきものとして鳴り響いている。素晴らしいと思う。

(犬飼一郎)

retweet