LEGGYSALAD『Verda Planedeto』(Day Tripper)

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LEGGYSALAD.jpg レギーサラダ(LEGGYSALAD)とはkevin mitsunagaによる電子音楽ユニットであり、彼は佐藤純一(FLEET)とyuxuki waga(s10rw)とともに、ブロードバンド前世代~ニコニコ動画ボカロ世代~ネットレーベル世代というインターネット3世代によるユニットfhána(彼らの初公式音源となった傑作アルバム「New World Line」についてはまたどこかで書きたい)のメンバーとしても活動している。

 レギーサラダにとって初のCD作品となる同作は、ビート・メイカーのSeihoによる「惑星への小旅行」をコンセプトにした、関西を中心にスタートしたインディペンデント・レーベル《Day Tripper Records》からリリースされた。このレーベルは「ダウンロード配信が主流の今こそ、あえて物として、手触りまでをも楽しめる作品を。」をコンセプトに、ネットで活動するアーティストの音楽をフィジカルにリリースしている。

 それではこのアルバム『Verda Planedeto』について考えてゆこうと思う。

 このアルバムのテーマが「切断」にあることは間違いないだろう。流れるように美しい旋律を奏でてゆくピアノ、深く優しくたゆたうストリングス、柔らかに棚引くシンセサイザー、様々な場所から抜き取られたボイス・サンプル、他にも数多くの音がそれぞれの連続性の中から細かく切り出され、空間に配置されている。その散らばった音の破片たちは時に音のレイヤーを形成し、時に自在に空間の中を飛び交い、まるで森の木々の葉の隙間から零れる木漏れ日のような、まさに『Verda Planedeto』(エスペラント語で「緑の惑星」)と呼ぶにふさわしいサウンドスケープを獲得している。

 『Verda Planedeto』にある無数の音の破片は極めて多様な表情を見せながらサウンドを組織し、また解体する。切断された音たちは反復する音の中に繋ぎとめられることによって新たなメロディを生み出しているだけでなく、「Reminiscences」におけるピアノの音のように沈黙と接続されることによって、メロディならざるメロディを形成し、滑らかなビートとともにグルーヴを創出することもある。いまや世界を席巻していると言っても過言ではないチルウェイヴを彷彿とさせるシンセ・サウンドから始まる「Sleeping Beauty」ではデデマウスを彷彿とさせるボイス・サンプルを用いているが、デデマウスのそれとは異なり、より空間に同化してゆくような使い方がなされており、あくまでばら撒かれた音の一つとして他の音たちと有機的に絡み合いながら曲を形作っている。「Awakening」をはじめとした、このアルバムで鳴っている電子音はアイ・アム・ロボット・アンド・プラウドのような聴き手を包み込むような暖かさを基調としながらも、時にマウス・オン・マーズにおけるそれのようなアグレッシヴな瞬間をちらりと覗かせることもあり、ばらばらに飛び交っているように聴こえるが、よく耳を・キませてみるとそれぞれの音の粒子が丹念に磨かれ、非常に巧妙に空間に配置されていることがわかる。また、ストリングスや、ピアノ、アコースティックギターなどの生音の反復が奏でる清涼でかつ喜びに満ちたメロディと確かな質感はスティーヴ・ライヒをはじめとするミニマル・ミュージックを思わせる。参照のためにざっと挙げたアーティストたちからもわかるように、このアルバムには非常に多くの文脈から構成されたエレクトロ・ミュージックの歴史が刻みこまれている(アンビエント・ミュージック、ミュージック・コンクレートの文脈からこのアルバムを聴くこともまた可能であろう)。この若さ(kevin mitsunaga は1990年生まれである)で意識的か無意識的かこれだけの情報量をつぎ込まれたものが、押しつけがましさや過剰さが一切感じられず、ナチュラルな形でまとめられていることに新世代の鮮やかな息吹を感じずにはいられない。

 私はこのアルバムのテーマは「切断」であると書いた。しかし、実はこのアルバムを通して聴けば分かるように、一曲一曲の切れ目は非常に曖昧であり、そこにはある種の「連続性」を感じることすらできる。また、とある音の断片が、それが最初に配置されていた曲とは異なった曲に再度配置され、その断片が基調となってまた違った展開が生成される、といった試みがなされている。このアルバムの中に点在する音の断片たちは出現と消滅を繰り返すのであるが、それが消滅するたびに新たな音楽を奏でるきっかけとなっており、ここにもまた一つの「連続性」が存在しているように思える。これらのことからわかるように、このアルバムは「切断」を基調としながらも最後にはある種の「連続性」に至っている。この相反する二つのキーワードが互いに絡み合い、空間に散りばめられた音の粒子たちを鮮やかに輝かせていることは、このアルバムにとって、そして音楽にとって極めて幸福なことのように思えてならない。

 

(八木皓平)

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