HERE WE GO MAGIC『A Different Ship』(Secretly Canadian / Hostess)

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HERE WE GO MAGIC.jpg 最近驚くのは、50~60代のリスナーは音楽の定義付けが既に済んでいる場合が多いということだ。それはある種のこだわりだと思うが、音楽を既存の価値観で定義することは、音楽を聴く際に制限を設けることにも繋がる。音楽の定義付けとは音楽を聴いて浮かんでくる感情を水で薄める危険性があり、好き嫌いの二元論で判断してしまう危険性もある。だからこそ、というべきか、定義付けが済んでいるリスナーにこそ、このバンドを聴いてほしい。

 ブルックリンを拠点に活動する、シンガー・ソングライターのルーク・テンプルを中心とする5人組のロック・バンド、ヒア・ウィ・ゴー・マジック。スフィアン・スティーヴンスやデス・キャブ・フォー・キューティーのメンバーからも支持を受けている彼らの素晴らしさは、アフリカ音楽、クラウトロック、フォーク・ミュージックを、さも当然のように結びつけて鳴らせるところだ。そこにはあざとさが見当たらず、やりたいことをやったら多国籍的になってしまった、というステップの軽ささえ窺える。ともすれば実験音楽になりそうなのにポピュラー・ミュージックとして生きているのは、あらゆる国の音楽を愛している点と演奏方法へのストイックな姿勢が彼らの根底にあるからだろう。

 彼らのポップ性はファースト・アルバム『Here We Go Magic』とセカンド・アルバム『Pigeons』を比べた場合、明らかに『Pigeons』の方が上だ。音の表情は豊かになり、ファンキーなサウンドに溢れ、ポリリズムを錯覚させるリズムの多彩さがあった。つまり、進化した。そして今年発表されたサード・アルバムとなる本作『A Different Ship』は、ペイヴメントやレディオヘッドなどのプロデュースを務めたナイジェル・ゴドリッチということもあって、音の一つひとつが丁寧に磨かれ、立体的なミックスが施された空間の余白を大切にした浮遊感の美、静謐な音響美のある作品になっている。この作品はバンドにとって深化でも進化でもなく、変化だ。

 本作においてファンキーな鳴りが前作より影を潜めたのは残念だが、ソロ作も含めてルーク・テンプルの歌声は過去の作品以上に浮かび上がっているし、アフリカ音楽のリズムの上で西洋的な女性コーラスを優美に舞うようにしたミックスは異端。トリップ感も十分だ。ナイジェル・ゴドリッチの手によってヒア・ウィ・ゴー・マジックは自分たちの音楽に近視眼的にならず、自己相対化の目を持った。それが奏功し、大衆性を獲得している。デビュー当時からのファンからすれば、本作は、前作、前々作より土臭さや荒さがないゆえに、ヒア・ウィ・ゴー・マジックらしくない作品だと感じると思う。が、ナイジェル・ゴドリッチによって、シンプルで奥行きのある楽曲の構築が提示された本作は、いわばヒア・ウィ・ゴー・マジックのオルタナティヴを提示したものと言える。スルーしてしまうのはもったいない。

 過去の作品同様に、本作にもリズムの多彩さは十分ある。アフリカ音楽のリズムを取り入れている彼らの音楽は一聴、奇妙に思える。しかしリズムとは絶対的なものではなく相対的なものだ。サンバのリズムで踊れる日本人は10人に1人ほどらしい。それでブラジル人から「日本人はリズム感がない」と言われるようだが、では、阿波踊りを踊れるブラジル人がどれほどいるのかというと、それほど多くないことは想像に難くない。ヒア・ウィ・ゴー・マジックとナイジェル・ゴドリッチはそれを見抜き、普遍性のある、どのようなリズムでもよく馴染むように聴かせられるという技巧を身に付け、本作を発表した。実際に今年6月に開催されたHostess Club Weekenderでの彼らのライヴは強力なグルーヴがあり、誰をも踊らせるリズムがあった。圧巻だった。

 ヒア・ウィ・ゴー・マジックのメンタリティとして素晴らしいのは、奇妙でありながらも実験室に閉じこもるのではなく、あくまでポップ・ミュージックという、開けた場所に飛び込んでいく点だろう。楽曲の構築美に長けたナイジェル・ゴドリッチを快くプロデューサーとして迎えたのは、より多くの人に聴いてほしいという欲求があってこそ(ちなみにオファーしたのはナイジェル・ゴドリッチだ)。そしてより高い大衆性を獲得した本作がただのコマーシャル・ミュージックではなく、彼らにとって最も作品性の高い音楽になったことを嬉しく思う。なにより優美にひねくれたこの音楽は、音楽の定義付けという先入観が、がらがらと崩れていくサウンドに満ちている。

 

(田中喬史)

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