SLOW MAGIC『▲(Triangle)』(Lebenstrasse)

|

Slow Magic『▲(Triangle)』.jpg パフュームのほうも良いですが、スロウ・マジックの『▲(Triangle)』も良い。というわけで、バンドキャンプをキッカケに、世界中の早耳ブロガーの間で話題となっていた正体不明のアーティスト、スロウ・マジックのファースト・アルバムが本作である。

 本作は、サン・グリッターズ『Everything Could Be Fine』のリリースで話題となったポルトガルのレーベル、《Lebenstrasse》からの作品ではあるが、ウィッチ・ハウスの影響下にあるサン・グリッターズとは違い、キラキラ・シンセ・ポップとなっている。コンプでガツンと潰した極太ビートに、不気味さとは正反対のスクリュー・ボイス、そして瑞々しい輝きを放つピアノなどは、昨今盛り上がりを見せるドリーム・ポップそのものである。ハッキリ言ってしまえば、斬新さは皆無だし、シーンを揺るがす先鋭性もない。それでも本作が注目に値するのは、あまりにも無邪気すぎるその快楽主義が所以である。

 先述したように、本作には斬新さも先鋭性もないが、そのかわり、自分の好きな音楽的要素を接合し、一聴しただけで聴き手を惹きつける、キャッチーなポップ・ソングに昇華している。それはパスティーシュ、つまり他人の作風を模倣した音楽などではなく、確実に"スロウ・マジックの音楽"として鳴っている。その音楽には、小西康陽が持っていた新しい音楽は生まれえないという諦念はまったくなく、むしろ完成されたフォーマットでも、自分の解釈を通せば新しいものが生まれるのは当たり前といった感覚が、本作の根底にはある。それはカインドネスなどのモダン・ポップ・ミュージックの旗手が持っている、優れた審美眼に支えられた編集能力と同様のものだ。

 また、シカゴのローカル・ミュージックだったジュークが、ネットを通じてここ日本やイギリスに影響を与えているように、デジタルな繋がりが思わぬ文脈を生み出すようになったのは、本当の意味で"新しい"と言えるが、スロウ・マジックも、いまだアンサインドであるビート・カルチャーとのコラボ曲「Once」を発表するなど、ノマド的活動を展開し、SNSなどによって、従来なら繋がるはずがなかった人と繋がり、交流を深めるといったことが日常茶飯事になった今を楽しんでいる。そうした現状において我々は、どこまでも広がる無限的繋がりの可能性を内に秘めているし、その可能性をスロウ・マジックは、ポジティヴに肯定している。だからこそ、スロウ・マジックが鳴らす音楽には、可能性という名の希望が満ちているのだ。

 

(近藤真弥)

retweet