柴田聡子『しばたさとこ島』(浅草橋天才算数塾)

|

柴田聡子.jpg 最近"言葉の力"についてよく考えている。"言葉の力"と言っても、解釈は人それぞれだと思うが、ここ最近のシンガーソングライター、例えば青葉市子ィエィエなどは、たくさんの言葉を使い、言葉では説明しづらい感情や気持ちに少しでも近づこうとしている。つまり、日々を過ごすうえで心に積もるモヤっとした"ナニカ"を知るための手段が、"言葉の力"であると捉えている節がある。面白いことに、言葉が"ナニカ"に迫ることで生じるダイナミズムは、先述のふたりを含めた新世代のシンガーソングライター達に共通するものだ。そして、そんな新世代のシンガーソングライター達が支持されているのは、直線的な言葉では説明できないものに対し、歌と音で真摯に向きあっているからではないだろうか。

 我々は、言葉で説明しづらいものを他者に伝えるとき、より多くの言葉と知識を求め、頼り、結果として「理解できない」と言われてしまうような言葉で表現しがちだ。このこと自体はもちろん悪くはないが、それでもより多くの人に伝えたいがため、言葉では説明しがたい"ナニカ"をあえて分かりやすい言葉で表現しようと挑む者達がいる。この"者達"に当てはまるのが、新世代のシンガーソングライター達であり、その"者達"の姿勢は、ある種のハードコア精神と呼べるものである。

 柴田聡子。彼女もまた、人の曖昧模糊な領域に迫るアーティストのひとりと言える。高知在住の彼女は、都内のライヴ・ハウスを中心に活動し、徐々に注目を集めていったアーティストだが、音楽活動を始めたのは2年前だそうだ。このことを知ったのは、彼女が自主リリースした「2011、夏のデモCDR」を聴いて、彼女についていろいろ調べたとき。ルックスも手伝って、「クラスで目立たない娘がギター持って歌ったら凄かったみたいもんかな?」と思ってしまうくらい(すみません柴田さん)、彼女の早熟ぶりには驚かされました。ただ、彼女の音楽を聴けば、その才能に惚れるのは当たり前ってなもんで、山本達久(NATSUMEN)、須藤俊明(ジム・オルーク・バンド)、植野隆司(テニスコーツ)などの錚々たるアーティスト達が参加していることからも、彼女の才能がどれだけ愛されているかわかるというもの。

 柔らかな響きを持つメロディー、聴き手の心を解きほぐす歌声、豊穣な感性が宿る歌詞、そのすべてが輝いてますからね。特に歌詞は、「カープファンの子」に代表される、焦燥を笑い話のように歌うユーモアが大半を占める一方で、《彼女の頭の中には使いもしない未来がいっぱい/こんな星に生まれてきて損したな》(「芝の青さ」)といった、聴き手の心を抉る鋭い言葉を潜ませるセンスが本当に素晴らしい。

 そんな彼女の詩的才能が迸る本作は、シンプルかつアコースティックなポップ・ソング集で、お世辞にも派手なアルバムとは言えないが、本作のようにキラキラとした小さな歌が、もっと多くの人に聴かれることを心の底から願っている。

 

(近藤真弥)

retweet