KIRA SKOV『KIRA Sings Billie Holiday』(Cloud)

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KIRA SKOV.jpg 44年という短い人生を駆け抜けた、不世出のフィメール・シンガーであるビリー・ホリデイの名前は聞いたことがあるとは思う。彼女の歌唱というのはスムースで耳触りの良いものではなく、また、ソウルフルというには痛々しいほどの情感と歌詩の世界観に入り込むようなものであり、時代とともに歌い方も変わっていったゆえに、一時期の作品のものが好きだという人も居るだろう。その後景には、彼女自身の壮絶な人生も反映されていたのだろうか、少女期の強姦の体験、売春婦としての時期、ジム・クロウ法の影響。ジム・クロウ法とは、平易に説明するに、1876年から1964年まで存在したアメリカの南部での州法であり、白人以外のColored、黒人への人種差別法であり、アフリカン・アメリカンたる彼女も不当な扱いも受け、また、自身のドラッグやアルカホリックとの併存の中でのシビアな生き様が刻まれたものだった。

 作品として特に有名なのは、詩人であるルイス・アレンの一篇の詩「Strange Fruit(奇妙な果実)」に彼女が大いなるインスパイアを受け、1939年、〈COMMODORE RECORDS〉に吹き込んだ切実な唄になるかもしれない。多くの人の心を打ち、今も古典として継がれているものだが、この曲の生まれた時代状況では、まだまだ黒人の人権は護られていないときであり、その詩内容は人種差別、リンチの結果として「殺された黒人が木に吊るされていること」を示唆したものだった。「奇妙な果実」という言葉から照らされる、どうしようもない現実と暗がりの歴史。その後も、ビリー・ホリデイは波乱というフレーズでは片付けられない生き方、また、薬物依存や不摂生からなる歌唱自体の変容もありながらも、1958年の『レディ・イン・サテン』など後世に残る作品を刻み、多くの後進のアーティストたちに影響を与えた。例えば、ジャニス・ジョプリン、メイシー・グレイなど有名、無名数えきれない。そのビリー・ホリデイへのオマージュを捧げた作品はあまた出ているものの、このデンマーク人の端整かつ艶美なルックスを持った1976年生まれのキラ・スコーフ(Kira Skov)のアプローチは特異である。

 元来、彼女自身はジャズ畑ではなく、ロック/ポップスのフィールドにてデンマークでは既にポピュラーなアーティストであり、2008年には、フジロック・フェスティバルにかつてのブリストル・サウンド、トリップホップの一端を担ったトリッキーのバンド・ヴォーカルとして、ステージに立っていた過去もある。自身はロック/ポップスとジャズのパラレルたる場所にて、今回のタイミングを「待っていた」ようで、機は熟したということなのか、この『KIRA Sings Billie Holiday』ではしかし、重みよりもディーセントで少しハスキーなボーカリゼーションが存分に堪能出来る内容に帰結している。バックを支えるのは、夫のニコライ・ムンク=ハンセン(Nicolai Munch-Hansen)のベース、ハイン・ハンセン(Heine Hansen)のピアノ、マッズ・ハイネ(Mads Hyhne)のトロンボーン、ヤコブ・ディネセン(Jacob Dinesen)のテノール・サックス、RJミラー(RJ Miller)のドラムが控え目に且つ滋味深く、彼女の唄を立体的に浮かび上がらせるように引き締まったアンサンブルを魅せる。

 10代の初めにビリーのレコードに出会ってからの歳月の間に着実に重ねられたキャリアが決して、手軽なカバー集にしていないところも感じられるが、過度の力みはない。1曲目の「I'll Be Seeing You」から、たおやかな空気感を創り上げる。3曲の自作曲も織り込みながら、あくまで軸はカバー曲であり、涼やかな「Me,Myself And I(Are All In Love With You)」や、透き通った温度とムーディーで落ち着いた「Don't Explain」でのメロウネス、スウィングするラストの「All Of Me」まで寧ろ、ジャズに疎く、距離があるリスナーにも響くような「無媒介な跳躍」があるといえる。初期のノラ・ジョーンズ、メロディー・ガルドー辺りを好きな人たちにも届くのではないだろうか。ロックからジャズへの無媒介な跳躍と言ってしまうと、どうにもニッチでオルタナティヴな印象を持ってしまうという杞憂もあるが、こういった(奇妙ではない)果実の噛み締め方もあるとしたならば、キラの試みにはしっかりとした稔りがあるのではないか、という気がする。向き合う対象として大きいアーティストだけに、この解釈への導路は興味深いものになった。

 

(松浦達)

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