KINDNESS『World, You Need A Change Of Mind』(Polydor / Modular / V2)

kindness『World You Need A Change Of Mind』.jpg 90年代以降、DJカルチャーが一般化することで、音楽はリスナー優先のものとなった。歴史/文脈の再構築を伴うDJという行為は、"音楽の聴き方"を変え、リスナーに"DJ的感覚"を植えつけたのだ。こうしたリスナーの変化に反応して絶大な支持を得たのが、ストーン・ローゼズである。ストーン・ローゼズは、DJカルチャーから学び取った知識をバンドのアティチュードに変換し、ステージで体現することで、「90年代の主役はオーディエンスである」という精神にたどり着いた。

 その精神は、LCDサウンドシステムことジェームズ・マーフィーに受け継がれる。LCDサウンドシステムは、『LCD Soundsystem』『Sound Of Silver』『This Is Happening』の3作すべてにおいて、一般的とされる文脈よりも、リスナーとして築きあげた自身独自の文脈を反映させている。そんなジェームズの本質がもっとも表れているのは、全能感に満ちた「Losing My Edge」の歌詞。音楽史のハイライトが次々と語られるその歌詞は、ポスト・インターネット世代によって盛り上がりを見せる、USを中心とした現在のインディー・ミュージックの出現を予言していた。ちなみに弊誌編集長の伊藤英嗣は、「Losing My Edge」を「クールな出来事やアーティスト名を列挙して、知識をひけらかしているふうでもまったくない。ただ、方向性の定まらないエモーションだけが渦巻いている」と評しているが、筆者も同じような印象を、カインドネスことアダム・バインブリッジによる『World, You Need A Change Of Mind』に対して抱いた。

 とはいえ、「方向性の定まらない」という部分は、本作に相応しくないだろう。過去にチャートを賑わせたような往年のディスコ、R&B、ファンクに極めて近い曲の構成と、全盛期のジャム・アンド・ルイスを想起させる洗練された無駄のないサウンド・プロダクションは、アダムが意識的に最良のフォーマットを選び取った結果である。カシアスのフィリップ・ズダールによるプロデュースも貢献度は高いが、機能的なインディー・ダンスが多い本作のなかで、ジャジーな「Bombastic」が浮いていないことからも、本作はアダムの確かな審美眼に支えられ、成立していることがわかる。

 さらに、シェレールとアレクサンダー・オニールによる「Saturday Love」をサンプリングした「SEOD」や、シャープなギター・カッティングが印象的なトラブル・ファンク「Still Smokin'」をネタにした「That's Alright」からは、アダムの豊富な音楽的知識とインテリジェンスを感じとれる。このことからも本作は、ポスト・インターネット的網羅性が根っこにありながらも、本質的には天然のグライムスとは違い、明確な意図によって作られたポップ・ミュージックなのは明白だ。そしてジェームズ・マーフィーが、自身独自の音楽的文脈をポップ・ミュージックとしてリスナーに提示することで、音楽からの歴史性消失を明確にしたとしたら、アダム・バインブリッジが目指しているのは、歴史性の消失によって求められた、"クラシックの再構築"である。

 すべての音楽がフラット化した今だからこそ、クラシックと呼ばれる絶対的音楽を分解/再構築し、新たな歴史/文脈を作りだそうという試み。もちろんこれは、"主観の集積が歴史/文脈"ならば、という前提があっての試みだが、その集積が崩れ去った今、本作が原初的な響きを携えているのは当然だと言える。

 

(近藤真弥)

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