HILARY HAHN & HAUSCHKA『SILFRA』(Deutsche Grammophon)

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HILARY HAHN & HAUSCHKA.jpg 例えば、国内盤のCDを買った際に付属の帯部分にジャンル説明がついている。ROCK、POP、更には今だとパソコンなどで読み込ませた時にもジャンルは出てくるが、この作品でまず驚いたのが、国内盤の帯にしっかりと"ポスト・クラシカル"と記されていることだった。ただ、パソコンに取り込んだときは"Classical"と名称されたのだが。

 昨年辺りから趨勢してきたポスト・クラシカルとは、ジャンルとして定義付けするには曖昧で、しかし、明らかにそうとしか言いようのない現代音楽と古典音楽との折衷、更にはポスト性でもって、新しい刺激で耳や身体を揺さぶるものがあったのは確かだ。その代表格の一人として、ドイツの彼の故郷、デュッセルドルフをベースに活動するフォルカー・ベルテルマンことハウシュカの存在は欠かせないだろう。1940年にジョン・ケージが考案したと言われるプリペアード・ピアノを軸に多様な楽器を詰め込み、繊細な叙情と決して過度にハイ・ブロウ振り切らない形でのサウンドデザインを固めていきながらも、今のところのハウシュカ名義の2011年の最新作『Salon Des Amateurs』では、ダンス・ビートが撥ねる間口の広いものであった。また、アルバムのタイトル名もデュッセルドルフに実在するクラブにインスパイアされたというのも興味深く、キャレキシコやムームのメンバーも参加しているというクロスオーバーな内容だったのも記憶に新しい。本人も、取材ではエリック・サティ、スティーヴ・ライヒからジョン・ケージといった現代音楽の大御所の名前を挙げながらも、クラウトロックからの影響、ノイ!、クラフトワーク、カン、クラスターなどの名前を挙げ、敬慕の念も示している。そう考えると、やはり、ポスト・クラシカルという言語的に裂かれたジャンルはエクスペリメンタル・ミュージックの別名でもあり、ただの前衛音楽ではないという証左がよく分かる。

 ちなみに、プリペアード・ピアノとはピアノに弦や木、ネジなどを挟み、のせることでピアノの流れをビート的(打楽器的)にし、ときに金属で独特の音を得るもので、大事なのは混ざってくる「雑」音ともいえる。そのハウシュカは近年、プリペアード・ピアノ奏者としての側面より作曲家、編曲家の側面が強くもなってきたが、このヒラリー・ハーンとのコラボレーションでは粛然と、プリペアード・ピアノ奏者の顔を見せている。

 アメリカ人ヴァイオリスト奏者のヒラリー・ハーンは、クラシック・ヴァイオリン界隈でも屈指の実力と人気を誇る。ゆえに、クラシックというジャンルでヒラリー・ハーンを見ていた人も、ハウシュカをポスト・クラシカル沿いに見ていた人もこのコラボレーションにあたっては、いささかの驚きと歓びをもたらすのではないか、と思う。

 二人の筆によるセルフ・オリジナル・ライナーノーツによれば、このアルバム名『シルフラ』とはアイスランド、レイキャヴィーク郊外にある北米大陸とユーラシア大陸のプレートの境界の境目であるとのことであり、シルフラは単なるプレート境界ではなく、二つの実在が出会う裂け目のような印象だと記しているが、その通りであり、準備に実に2年もの歳月を要し、セッションを重ね、納得のいく段階でスタジオに入り、録音された曲が詰まっている。録り直し、オーバー・ダヴィング、修整のないまま、それでも、静謐と穏やかな昂揚を行き来するサウンドには息を飲む。

 序曲のような1分45秒の1曲目「Stillness」では、早速、独特の実験が為されている。高音域のヒラリーのヴァイオリンとハウシュカがピアノ弦にE-bow(ギター用アタッチメント)で触れ、出した音で幽玄な震えを醸し、そのまま、2曲目の「Bounce Bounce」では曲名のように、軽やかに突き進んでゆく。ハイライトは、5曲目となる「Godot」だろう。サミュエル・ベケットの戯曲たる「ゴドーを待ちながら(En Attendant Godot)」がすぐに想起されるが、あの不条理劇よりも12分30秒ほどを使って展開される緩慢な音の変化と漣、更にはテンションはインプロヴィゼーションで垂れ流されるようなアーティスト・エゴではなく、計算されたかのような設計図が浮揚する。ヴァイオリンのストイックな響き、ハウシュカの醸すノイズ、静けさ、ふと性急になる展開まで、一気に持っていかれる。ドラマティックに雄大にじわじわと進む訳ではない、ゆえに、そこに二人の美学のアイ・コンタクトが見える。エレガンスと自由が拮抗する7曲目の「North Atlantic」、ヒラリーのヴァイオリンが雄弁に語る10曲目の「Sink」といい、おそらく、クラシックにもポスト・クラシカルという分野にも疎いリスナーでもすっと入り込め・髢F醇な音楽の奥行きを魅せる。

 インスタントに消費されてしまう音楽やカテゴライズの中で行き詰っている音楽が多い中で、このコラボレーションは一つの風穴になり、メルクマールになった気がする。ポスタル・サービスも愛好しているというオルタナティヴ・ロックの世代でもあるヒラリーと、プリペアード・ピアノの飽くなき可能性を追求してきたハウシュカがしっかり組んだ今作の後ろには、多くの先達のエッセンスが含まれている。ギドン・クレーメルから、モートン・フェルドマン、ときにアイスランドで録音したというのもあり、シガー・ロスまで。ポスト・クラシカルは過渡期に来ていたのかもしれないが、もし、本当にポスト・クラシカルという名称がそのままで響くならば、この作品のようなことを言うのではないか、と思う。現在進行形で音楽は過去の歴史への畏敬を示しながら、ジャンルなどを交叉し、まだまだ可能性を拡げる。非常に悠然たる好奇心に溢れた内容の一枚になった。

 

(松浦達)

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