FRANKIE ROSE『Intersteller』(Slumberland / Memphis Industries / Bad Feeling)

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FRANKIE ROSE.jpg 元ヴィヴィアン・ガールズのメンバー、ブルックリン在住のフランキー・ローズのセカンド・アルバムである本作『Interstellar』。それは彼女自身が恐れることなく新たな自分を発信していこうとする意思が窺える。ドラマーだった彼女はスティックをギターに持ち替え、時に静かに、鋭く鳴らし、自分を自ら更新した。クリスタル・スティルツやダム・ダム・ガールズを渡り歩いたことから窺えるように、傍観することより体験したことが反映された作品になっている。

 バンドを渡り歩いたことで「ファズに魅力を感じなくなった」という彼女はノイズへの執着はなくなり、シンセ・サウンドと歌声を軸としたドリーム・ポップに通じる浮遊感の甘美な揺らぎを楽しむような楽曲を展開する。ローファイな感触を溶け込ませながらも静謐な音響美。ライヴ感とドリーミーなシンセの音響の狭間に立って、彼女は静かに歌声を溶け込ませる。豊かに跳ねるドラムとベースの上をシンセがふわりと広がり、都会のムードが曲を覆う。「Gospel / Grace」の平熱でありながら走り抜けるギター・サウンドの輝きが聴き手を照らし、ネオアコ風のメロディに意識を奪われそうだ。しかし、夢見心地という言葉が浮かんでも、地面をしっかりと蹴っているリズムが夢からの覚醒を呼んでいる。

 それらは前作『Frankie Rose And The Outs』にもあったが、本作ではプロデューサーにパッション・ピットなどのリミックスを手掛けたLe Chevを迎え、洗練されたサウンドが次々と優美に舞うように溢れ出る。洗練といっても刺の無い滑らかなサウンドだけではなく、わずかに歪んだチルウェイヴと言ってもいい本作は、チルウェイヴとの摩擦が生じる作品だ。「気持ち次第で現実は美しく見える」という常套句を迂回しながら鳴っているサウンドは、結果的にチルウェイヴへのカウンターとも受け取れる。そして本作は聴き手にリアクションを託している。「エスケーピズムだけでいいの?」と。もちろん否だ。

 トロ・イ・モアが脱チルウェイヴを図ったのはジャンルに縛られたくないという意思が少なからずあるのだろう。だが、フランキー・ローズのようにチルウェイヴの文脈で語られないアーティストがこういった作品を創作するのは現象として興味深く、音楽にエスケーピズムをゆだねる時期は既に過ぎたのではないかと感慨にひたるものがある。

 

(田中喬史)

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