DR. JOHN『Locked Down』(Nonesuch / Elektra)

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DR JOHN.jpg ミュージシャンの作り出す音に対して、我々聴き手が100%満足することはほとんどないと言えるだろう。それだけならまだしも、「もっとこうだったらよかったのに」「ここはこうするべきだ」などといったことまで考えてしまうことも数多くある。その気持ちは、自分が愛するアクトの作品に対してはより一層強いものとなる。

 ザ・ブラック・キーズのダン・オーバックも、ドクター・ジョンに対してやはり同様の想いを抱いていたのではないだろうか。そしてその過剰な想いをアルバムという形で具現化するため、彼はニューオリンズ・ミュージックのレジェンドであるドクター・ジョンの新譜のプロデューサーを名乗り出たのではないだろうか。そして、そんな彼と彼の率いてきたバックバンドが鳴らす音が指し示す先にあるのがこのアルバム『Locked Down』だ。このアルバムについて考えるために、ドクター・ジョンの音楽を大まかに振り返ってみようと思う。

 ドクター・ジョンといえばまず挙がるアルバムは、『Dr. John's Gumbo』だろう。ここには彼がそのキャリアを通して一貫して敬意を抱き続けるニューオリンズ・サウンドへの愛情が詰まっている。レイ・チャールズをはじめとして、プロフェッサー・ロングヘア、アール・キング、ヒューイ・スミスなどのカバー曲が収録されており、R&B、セカンド・ライン、ジャズ、ブルーズ、ラグタイムが混ぜ合わされた、多彩な音楽性と陽気なヴァイヴスがこのアルバムの中に同居している。ヨーロッパからの移民、周辺農村からの黒人たちの訪れなどが頻繁に起こっていたニューオリンズにおける文化の交流によって生み出され醸成されたサウンドが、ドクター・ジョンの手により、洗練された形で世界にその存在を知らしめた。

 そしてもう一つ、ドクター・ジョンの音楽について触れなければいけないことがある。それは移民たちが持ち込んできたブードゥー教である。ドクター・ジョンにはデビュー当時から、ブードゥー教への執着があった。そもそもドクター・ジョンという名前は実在したブードゥー教の呪術師の名前だという話だし、彼のデビューアルバムは『Gris-Gris』(グリ・グリ=ブードゥー教のお守り)である。このアルバムには『Dr. John's Gumbo』の雰囲気とは全く異なった、ヘヴィなサイケデリアに満ちたディープなサウンドがある。怪しげな女性のバック・コーラス、荒々しく鳴り響くパーカッション、地を這いずり回るようなベース・ライン、呻くようなドクター・ジョンのヴォーカルが作り出す世界観が聴き手を圧倒する。『Gris-Gris』ほど濃厚ではないにしろ、ドクター・ジョンのキャリアのあちこちでこのブードゥー的な要素を聴くことができる。

 この二つの(と言っても完全に切り離せるものではないが)要素を念頭に置きながら本作『Locked Down』を聴くと、この作品は『Dr. John's Gumbo』よりも、『Gris-Gris』のサウンドに焦点を当てて作られているように思える。しかし、ダン・オーバックと彼が率いるミュージシャンたちは、あの重厚で粘り気のあるサイケデリアをそのまま鳴らそうとはしなかった。

 本作におけるサウンドからは、確かにブードゥー的なものを感じることができ、パーカッションやSEの用い方、奇妙なギターエフェクトからそれを察することが可能であるが、それら一つ一つがきわめてクリアな目的性を持って鳴り響いており、『Gris-Gris』にあった不透明な不気味さはここには存在しない。このクリアさは、ダン・オーバックたちが思い描く「こうあってほしいドクター・ジョンのサウンド」を鳴らしているからこそ出てくるものであるといえる。つまり、それが本当にブードゥー的であるかはどうでもよく、ブードゥー的な側面にこそあったドクター・ジョンの良さを極限まで引き出そうとしていたからこそのクリアさではないだろうか。冒頭の「Locked Down」のウッド・ベースのうねり、「Revolution」の力強いホーン、「Kingdom Of Izzness」の呪術的なキーボードはすべてが「理想のドクター・ジョン・サウンド」という一つの目的地を目指しており、このアレンジの細部にまで宿るクリアなアクセントがポップネスをもたらしている。

 このアルバムに漲る強烈な緊張感とフレッシュな躍動感は、ダン・オーバックたちの持つ1つの志向性を持った強い想いと、それを真正面から受け止めたドクター・ジョンの度量が生み出したものだ。そしてそこで生まれたサウンドはドクター・ジョンという男の歴史上には見られなかった、しかし間違いなくドクター・ジョンのサウンドである。こうした世代を越えた出会いが、72歳にもなるベテラン・ミュージシャンに新たな輝きをもたらしたことは非常に喜ばしい。

 最後にひとつ。このアルバムでドクター・ジョンは様々な表現で世界を呪っている。しかし、聴いている最中そのことには注意がどうしても向かなかった。それはひとえに、このアルバムのサウンドのおかげだろう。彼の吐き出す、警告、不満、憂いはすべてサウンドの力強さによってかき消されてしまい、聴き終わった後に残るのはすがすがしいまでの爽快感だ。そして、それはドクター・ジョンも同じだったようだ。彼は最後の曲「God's Sure Good」でこう歌っている。

《神は教えてくれた 人に干渉しない生き方を 心から感謝している 与えてくれた生きがいに より良い道、より良い日 神は知っている、俺は大丈夫だと 神は確かにいいものだ》

 

(八木皓平)

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