CZECHO NO REPUBLIC『Dinosaur』(Mini Muff)

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CZECHO NO REPUBLIC.jpg  《I Wanna Be Your ビースティ・ボーイズ Tonight》(「ウッドストック」)

 2011年のファースト・アルバム『Maminka』のサイケな歌詞と、カラフルながらフリーキーなポップで振り切れた佇まいは、国内のシーンでは異色でもあったが、ヴァンパイア・ウィークエンドからMGMTまでを参照に出され、CDショップ大賞にノミネートされるなど耳の肥えたリスナー、評論家のみならず、ユースにも届き、その明朗さに新しさを感じるとのこれからに向けての期待を受けた。現在、例えば、インドネシアのジャカルタやタイのバンコクなどに行くと、中間層を主にいつかの「渋谷系」と呼ばれるスムースで、ハイでどこか無邪気な音楽を愛する人たちが居る。実際、アズテック・カメラ、オレンジ・ジュースからフリッパーズ・ギターなどは動画サイトなどでそういった国々から検索もされているようで、衣食住の最低条件が整ってきて、相応に経済的与件も保つことができる人たちのロック/ポップスとは得てして、カメラ・トーク寄りになってしまうのは当然なのだとも思う。ジェット・ラグではなく。

 では、今の日本でネオアコ、ギターポップ、アノラック経由のバンドが目立ってきているか、というと、数でいえば、そうではないと言えてしまうと思う。もちろん、それぞれがしっかりとした意志を持って、バンドという有機体に賭けているのだが、どうにも内を潜航してゆくような空気感と呼応して、バンドとして描く音も良い意味で真摯な叫びや懊悩が輪郭を描いてしまうのだろうか。その点、一曲でいきなり、シンセやオルガンが大きく鳴り響き、「1、2、3、4」の合図が入り、皆で《ダイナソー》と歌う彼らは浮いているといえば、浮いているが、聴いていると、持っていかれる目映さがある。その後も、スカスカながらも、サイケデリックでユーフォリックに螺の少し外れたかのような万華鏡的なサウンドに、語呂を合わせているだけではない、叙情がよぎるフレーズが美しい歌詞がカット・インしてくる。

 ソフィティケイティッド、深化という言葉よりも、実験が重ねられた過程作という印象もあり、いつかのニュー・エキセントリック勢に通じるサウンドを承継しながらも、OK GO辺りのファニーさ、更にフレーミング・リップスの多幸感を吸収し、今の自分たちの力量で対峙した印象を受ける。それは若さということだけで片付けられない、ファースト・アルバムの思わぬ巷間の評価のプレッシャーもあった背景も察せられる。自暴自棄でも深刻でもなく、音楽のそのままの楽しみをバンドとして届けることの艱難を踏まえ、彼らが言う「移動式遊園地みたいな作品」のとおり、カーニバルの来る前の楽しみ、過ぎた後の切なさまでが詰まっている。

 彼らとは、チェコ・ノー・リパブリック(Czecho No Republic)。ボーカル、ベースの武井優心、ギター、シンセ、コーラス、ときにボーカルもする八木類、ギター、シンセ、コーラスの吉田アディム、ドラム、コーラスの山崎正太郎からなる2010年結成、男性四人のバンド。しかし、改めて振り返ってみても、このセカンド・ミニ・アルバム『Dinosaur』までの歳月の短さ、成長の速さと注目度の高さはなかなか珍しい存在だと思う。ファンタジーとリアリティーの狭間で音が鳴っている間だけ約束されるマジカルな時間。1曲目のシンガロング・ナンバーの「ダイナソー」でも、ダイナソーのように強くなりたいと言いながら、春夏秋冬を巡る繊細な物語風の歌詞世界、更にはカーニバルの始まりに飛び込もうとするもので、シンセやオルガンがベースになりつつも、ギターがノイジーに響き、ドラムもしなやかに叩かれるダイナミクスに溢れている。今後、ライヴの定番になってくる曲だろう。口笛が吹きたくなる晴れやかな2曲目「Sunshine」ではThe Magic Numbersなどに通じるメロディーラインの良さと、君と二人の世界で巡るファンタジーのポップな再写に気持ちをアップリフティングさせてくれる。ストイックなギター・ロックに"高円寺"という具体地名を出したさよならと不安で揺れる3曲目の「魔法」には、今どきの若者が心理的に持っている現実感を《フワフワ ねぇ不安?》と示す。こういうバランスが彼らの本懐でもあり、「移動式」と称し、「固定式」の遊園地ではない証左なのだと思う。

 移動したら、そこは離れ、どこかへ行く。ただ、どこかにそこがなり、そこがまたどこかへ、最後はここに戻る。そこもどこかもなく。遊園地側も開いては期日が来たら撤収、その繰り返しで街を巡る。ハレとケに縛られた日常。

 ハンドクラップを誘い、サビでのラッパが効果的な4曲目の「ABCD Song」、タイトル名に「Indie Pop」と称した5曲目は、この作品の中でも実は大きい意味を持つ曲だと思う。彼らが楽しみの合間にふと見せる虚無、ブルーな感情が前に出されている。《若い君はノスタルジアに揺られて》と言い切ってしまえるところも含めて、ギターが本当に良い響きをしている。このように、8曲というサイズながらも、ますます不気味にかつ健康なステップ・アップしたと思う。ライヴでのパフォーマンスやPVでの茶目っ気も合わせて、敢えてでもなく、ベタでもなく、センスと今の日本を生きる若者らしい皮膚感覚がしっかりこの作品には刻印されている。

  《流星の雨は止み おさまっていた オーディオの音が耳障りだ 可能性は輝きを増し 黄金の風が吹き荒れる さぁ急ごう もう時間はないよ》(「幽霊船」)

 もう確かに時間はない気はする。移動式の遊園地が自分の街に来るまで、待ちきれないなら、その場所に急いだ方がいいかもしれない。でも、間に合わなくても、いずれはカーニバルのパレードには参加することはできるだろうから、きっと心配は要らないけれど。

  《アローンいらない》(「ABCD Song」)

 

(松浦達)

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