LAMBCHOP『Mr. M』(Merge / City Slang)

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LAMBCHOP.jpg ジャケットを見て違和感を覚えた人にこそ聴いてほしい。そしてラムチョップを聴いたことがない人にも。

 ラムチョップはカントリー&ウエスタンのメッカと呼ばれるアメリカはナッシュビルのバンド。この地は1925年から今も続いているカントリー・ミュージックの有名番組「グランド・オール・オープリー」の発信地だ。そういった場からラムチョップが誕生したのは当然のように思う。彼らは古き良きカントリー・ミュージックの良心であり、オルタナティヴな存在でもある。新譜が発表されるたびに「これ以上のものはもう作れないだろう」というほど最高と呼べるものだった。が、しかし、スタジオ・アルバムとして11枚目となる本作『Mr. M』もまた、最高傑作と呼べるもので、この先何年も作品を発表するごとに傑作の呼び声を傑作にとどめず最高という言葉で彼らの作品は塗り替えられていくのだろう。フロントマンのカート・ワグナーが全精力をつぎ込んだと語ったとおり、デビューから約20年経った今も創作意欲は尽きることを知らない。そんなところも最高であるし、この作品も勿論のこと最高だ。

 触れる程度に寄り添うアコースティック・ギターの音色が背中をなでるように、また、リズミカルに鳴り、余白にオルガンの音色が条件反射的なタイミングで響き楽曲に色をつける。ゆったりとした歩調で進む楽曲の数々を聴けば気持ちの昂ぶりとともに落ち着きが芽生えるというパラドックス。そして訪れる哀しみに気付く。それは、本作は、共演したこともある故ヴィック・チェスナットに捧げられているからだろう。ロンドン・ストリング・アンサンブルとトスカ・ストリング・カルテットによるストリングスが醸し出す哀しみに覆われるがラムチョップは決して絶望に暮れている訳ではない。静かに強く歩を踏み出しているかのごとく音を鳴らす。聴いているとその様に背中を押される思いだ。

 もし、このレヴューを読んでいる方の中に黒人性も含めてカントリー・ミュージックに何らかのエキゾチシズムを持ってはいるが、敬遠気味の方がいるとしたら本作を聴くのはとても幸せなことだと思う。カントリーを深く、そして身近に感じられるのだから。音楽評論家の萩原健太氏が「カントリーを敬遠しているリスナーにはポコを薦めたい」と語っていた記憶があるが、僕ならば迷わずラムチョップの本作を薦める。ポコ以上に親近感を覚えるはず。ラムチョップがこれまでの作品でローファイなロックや音響派など、様々な要素を自らの音楽に落とし込み、それらを通過した上で必要な音だけ鳴らしているのが本作であり、通過したがゆえに「今」として鳴っているのだ(ヨ・ラ・テンゴのメンバーもお気に入りの00年に発表された『Nixon』と聴き比べると面白い)。

 カート・ワグナーの渋味のある、滑らかな歌声は瞬時に聴き手を虜にし、場合によっては訳も分からず涙する人もいるであろう哀愁とやさしさがある。朴訥とした歌声ながらも音の弾みを穏やかな視線で見詰めるカートが傍にいる錯覚すら感じるかもしれない。ラムチョップの音楽は遠い場所からは絶対に聴こえてこない。聴き手はすっと音の中に入っていける。カントリー好きは勿論、カントリーはそれほど好きではない方も、彼らの音楽を聴けばカントリー・ミュージックに対するエキゾチシズムや何かしらの違和感はあっさりと抜け落ち、自然に自分の中にカントリーの存在が生じてくる(まさに初めてラムチョップを聴いた時の僕がそうだった)。本作で鳴っている音は想像力との会話によって異国との距離を近くする。勿論、カントリー云々を抜きにしても素晴らしい作品。一生聴ける。

 

(田中喬史)

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