ユメオチ『これからのこと』(Engawa Records)

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ユメオチ.jpg 00年代に「喫茶ロック」という言葉が然程の浸透をしなかったのは、例えば、ジャズ喫茶においては野方図に思想、哲学を語り合ったりする熱が過去の系図からあった訳だし、純喫茶ではモーツァルトや映画のサウンド・トラック、または無音が流れるに相応しいというのもあったのも大きい。その中で、喫茶を「カフェ」と横文字に修整して、オルタナティヴな形にしろ、チェーン形式にしても、印象的なマークを付けた場所に合うのはどうしてもレーベルの《スキーマ》を含めてクラブ・ジャズの亜種だった。仮に、エアポート・ラウンジ・ミュージックでもいいのだろうか、オーセンティックなジャズに打ち込みを入れての軽さとクールが必要で、では、10年代に入って「カフェ」と、ロックのオーセンティックな曲がボサノヴァ化されたり、純喫茶が独自の美学を持つ中、敢えてでも、「喫茶ロック」的な穏やかさの称号下で、あくまでBGMとしての鳴りを拒否する若者たちも芽吹いてきている。

 紅茶、コーヒーを境目に誰かと交わし合うブレイクの間に潜むメロディー、フレーズの引っ掛かり、更には何よりもバンド名のユメオチ(yumeochi)とは印象深い。東京の下北沢にある《モナレコード》の店長にして、このバンドのリーダーでキーボードの行達也からなる6人組。なお、その他のメンバーはギターの梅林太郎、ベースの森川あゆみ、ドラマーの梅田順一、ボーカルの寺岡歩美、パーカッションの宮下大輔。明らかにシティー・ミュージックの香りをスティーリー・ダン的な流麗さで纏い、70年代のニュー・ミュージックと"INGのノスタルジア"をネオ・フォーク、サウンド面から照らし直す、そのベタさを指摘をするには、過去のバンド、アーティスト群の遺してきたサウンドとレファレンスすれば、明瞭に分かる。

 同時に、この時代では「癒し」とも近付きかねない、牧歌性と歌謡曲風味のウォームは稀有でもある。過剰さのない淡々たるボーカルの寺岡歩美から滲む淡み。「狙った朴訥」などないように、彼ら6人組に似合う場所は、おそらく騒音やかまびすしくペシミスティックなニュース、余震や暗さから一歩、距離を置いた誰も入れない「寝室」での眠りと微睡みの揺れなのかもしれないが、ヒプナゴジック・ポップという訳ではないところがあり、切実な現実と均衡したロマンティックさが作品を充溢しているのは特筆すべきだろうと思う。

 2011年3月11日から段段と変わってゆく景色と各々の生活の中で、呼吸をする(生活をする)ために切り捨てられざるを得ない「何か」があった。その「何か」は、「ロマンティシズム」だと思う。天秤に掛けたときにどうしてもリアリティに負けてしまう現今、ここの現実。そして、僅か先の暗澹たる日々への路。その中で、深呼吸し直すためには現実逃避かアッパーに振りきるか、粛々と一日を噛み締めることしか出来なかった趨勢があり、そこで文学や音楽はお腹を膨らませるものなのか、というと残念ながら、「NO」だったのかもしれない。だから、ユメオチというバンド名も「夢から醒めたあと」での景色に色を塗ろうとしている実直さがある。

 2011年2月からのライヴ活動の開始からじわじわと歩みを進めてのこのファースト・アルバム『これからのこと』はソフト・ロックの沿いにバーバンクの側から平成以前を見通し、ぼんやりとオリエンタルな雰囲気を越える。既に、小西康晴氏を始め早耳のアーティスト、リスナーからはキャッチされているが、『これからのこと』はまだまだ青写真だと思う。青写真ということは、「夢から醒めたあとでも、落ちないでいること」を筆致してゆく叮嚀さがあるからだ。断じて、ラジカルなものはここには詰まっていない、過激なビートも表現もない、しかし、「日常」という個々にとって掛け替えないのささやかな「うたもの」がある。これを聴きながら歩く舗道、乗る満員電車、泡のように静かに続く「日常」へ添う。

 ちなみに、本作の8曲に振られたタイトルは映画や書籍からインスパイアされたものが多い。1曲目、「若き日の思索のために」は詩人、哲学者の串田孫一氏の1952年の著名よりだろうか。2曲目の「さよならをおしえて」はフランソワーズ・アルディの「Comment Te Dire Adieu」からと察する、7曲目の「悲しみよこんにちは」は言わずもがな、サガンから来ていると思う。そういう狙ったところも含めて、昨今の赤い靴、コトリンゴ辺りの肩の力が抜けながらも、スマートな音像が「J-POPの大文字」を捻転させる。彼らにもしも、フィッシュマンズ以降の「夏休みの続き」は見えるかどうか、時代背景を考えても分からないが、アンビエンスよりも口笛の軽やかさ、突然の豪雨よりも仄かな曇り空が似合うバンドだという気がする。合成着色料の目立つ音楽への反動や入眠するためのポップではなく、ユメオチは、起きながらシビアなリアリティをユースフルに渡り往くだろう。ふと響くマンドリンの音も、思わず切なくなる旋律も、若さを感じる彼岸の他愛のなさへの視点の曇り空からは雨は降らない。

 浪漫豊かき歌謡曲の良さと夢に溢れた舶来的音楽の語彙のマッシュアップの結果の得も言われぬ現代的な叙情。タイトル通り、「これから」がどうなるか、期待できるバンドだと思う。夢で落ちないように、現実はベッドで目覚めなく、ここ、都市自体で響く。

 

(松浦達)

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