転校生『転校生』(Easel)

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転校生『転校生』.jpg 転校生は、埼玉に住む水本夏絵によるソロ・プロジェクトである。筆者が彼女の音楽を聴くようになったのは、水本夏絵の佇まいに興味を持ったからだ。神々しい"聖"を感じさせ、ふわふわとした雰囲気を身に纏いながらも、どろどろとした現実の匂いも放っている。この矛盾する要素を持ち合わせた水本夏絵という人間に、筆者は惹きつけられ、親近感を抱いたのだと思う。

 そんな彼女の歌は、ほとんど傍観者の視点から歌われている。女性というよりは少女で、幼さを感じさせるそのイノセントな歌声は、どこまでも透き通った透明感を携えながらも、憎しみや怒りといった感情が奥底に潜んでいる。しかし彼女は、憎しみや怒りを声高に叫ぶことはなく、むしろ逆に淡々と、歌うというよりは呟くように言葉を紡いでいく。その言葉は、日常において我々が見ている風景と重なるものではあるが、同時に幻想的な非現実も感じさせる。それは「東京シティ」という曲にも表れていて、この曲は"東京そのもの"というよりは、水本夏絵の東京に対する先入観を通過した東京、つまり"東京シティ"について歌われている。もちろん彼女にとってはそれが"東京"であって風景なのだが、その風景を"東京"ではなく「東京シティ」と呼ぶところに、彼女の人間性が端的に表れている気がする。

 その人間性が色濃く反映された歌詞は非常に内省的だが、すべてが正直な言葉であるかは疑わしい。というのも、本作を聴けば聴くほど、彼女の他者に対する警戒心にぶつかるからである。パーソナルな言葉を吐くことによって露わになる本音を隠すかのように、《合法トリップは夢見心地》(「パラレルワールド」)といった抽象度の高いフレーズを随所に織り込んでいることからも、彼女は"認められたい"と積極的にアピールするタイプの人間ではないことが窺える。

 だとすれば、"なぜ彼女は音楽をやっているのか?"という根本的な疑問にたどり着くわけだか、筆者が思うに、音楽しかやることがないから、それしかできることがないから、彼女は歌っているのではないだろうか。極論を言うと、彼女から音楽を取ってしまったら、何も残らない。だからこそ全10曲、相対性理論が歌っていてもおかしくないようなキラキラとしたポップ・ソング集は、薄氷のような危ういバランスのうえに成りたっている。

 

(近藤真弥)

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