THE CINEMATIC ORCHESTRA『The Cinematic Orchestra Presents In Motion #1』(Ninja Tune / Beat)

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The Cinematic Orchestra.jpg もしも、音列を数えてゆく際、その数は世界に包含されているとしたら、マルセル・デュシャンみたく後半の人生の「沈黙」と共鳴していた音はチェスを打つばかりだったのか、というと、違う気もする。「沈黙する、芸術」に近付くスコアを描くプロジェクト"イン・モーション"をシネマティック・オーケストラが始めたと聞いたときは、如何にも現代らしく、彼ららしい試みとも思った。作品毎に高められる音響美とその背景に広がる情景はまるで映画音楽的だと言っても過言ではなく、しかし、ライヴ・パフォーマンスで味わうジャムでの皮膚の内側に染み渡るエレクトロニック・ビートと芳醇で麗しいグルーヴにじわじわと熱気を持って行かれる、というバランスのいい彼らの在り方は、90年代~00年代を越えて、長く続いてきた証と更新の轍を刻んできた。

 その中心を担う作曲家にしてプログラミングも行なうジェイソン・スウィンスコーに関してはこの頃は映像作品に生で音を加えるというパフォーマンスを行なってもいたが、思い返すまでもなく、03年のジガ・ヴェルドフの1929年のソビエト連邦時代の無声映画『Man With A Movie Camera』に合わせた音楽作品の忖度が、愈よここにきて具象化してきたと言えるだろうか、まだ『#1』ということであり、これから"イン・モーション"は本格的に進んでゆくのだと思うが、本作で感じられる手応えも確かなものがある。ポスト・クラシカルというよりも、現代音楽へダイレクトに近付いた細かいビートと叮嚀なリズム、アコースティックな質感、アンビエンスの隙間には想像力を馳せるだけの優しさに満ちている。そういう意味では、ニルス・ペッター・モルヴェルの00年代の諸作に近いものもあり、同時にグスタボ・サンタオラージャがコンダクトしたかのような音の磁場も巡回する。

 本作は、実際にライヴで実演されたものをもう一度、スタジオで再録音しているもので、映像作品からのインスピレーションが軸になっている。シネマティック・オーケストラ名義では3曲。ルネ・クレールにより1924年に作られた『Entr'acte』、モダン・アメリカ写真界のレジェンドたるポール・ストランドと写真家チャールズ・シーラーの手によって1921年に製作されたサイレント・ショート・ムービー『Manhatta』にインスパイアされた2曲と、冒頭のこれまでの彼ららしいダンサブルな因子も含んだ「Necrology」。圧巻なのはやはり、20分を越える「Entr'acte」の壮大な展開と細部まで神経が行き届いたアレンジメント・センスだろうか。音の漣が寄せては返すようで、決して間延びしない構成が組まれている。

 なお、触れておかないといけないのは、本作は勿論、一作品としても愉しめる内容だが、4月に行なわれるSonerSound 2012 Tokyoに向けての企画盤としての側面が強く、予習盤の意味もある。つまり、ライヴでこそ味わって、彼らが今後目指す"イン・モーション"が何処に向かうのか、が分かるという訳だ。彼らは08年の来日公演のときでも共にしたが、フライング・ロータスとの繋がりもあり、彼のレーベル《Brainfeeder》から気鋭のジャズ・ピアニスト、オースティン・ペラルタ(Austin Peralta)が一曲参加していたり、フライング・ロータスの関係でドリアン・コンセプト(Dorian Concept)とトム・チャント(Tom Chant)も、二曲で参加している。そして、シネマティック・オーケストラ本体にも参画するグレイ・レヴァレンド(Grey Reverend)まで、幅広くもそれぞれがしっかりとした主張をしながらも、斑なくトータリティを失わない7曲が揃っている。

 《Ninja Tune》を牽引するアクトでありながらも、当初のジャズとエレクトロニカの折衷性と美しい音風景の形成、07年の『Me Fleur』における彼岸的にも思えるユーフォリアを越えて、より不定形に且つ沈黙に色を塗るための作業に入ってゆく彼らはまた、面白い分岐点に来ている。ハイ・ブロウでも好事家向けでもない、ファイン・アート、コンセプチュアル・アートへの挑戦と好戦性が見えるこの音は静かに、映像を浮かび上がらせる。映像が浮かび、音列を数え直すとき、ふとフィルム音は終わる。

 聴取者の想像力を最大限に掻き立てる、良い作品に辿り着いたと思う。

 

(松浦達)

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