THE BIG PINK『Future This』(4AD / Hostess)

|

THE BIG PINK.jpg 何年も前の話。僕は、とあるロック喫茶でレディオヘッドをリクエストした。マスターは眉間にしわを寄せながら言った。「80年代でロックは終わった」と。「90年代以降は焼きまわしでしかないじゃないか」「うちにはレディオヘッドもストロークスも置いてないよ」と。言いたいことは分かったが、"理解"はできなかった。

 音楽とは、記憶の美化としてあるのだろうか? 新しさに価値を見出すものなのだろうか? いや、違うであろう。僕らはビートルズに熱狂し、ブリアルに熱狂できる。つまり、音楽を並列に汲み取る。そのきっかけとなったのがコーネリアスの『Fantasma』だとしたら、10年代のそれはロンドン出身のロビー・ファーズとマイロ・デーコルの2人からなるユニット、ザ・ビッグ・ピンクの『Future This』と言ってもいいかもしれない。付け加えれば、タイトルにあるFutureを"可能性"と訳したい。そして可能性を"オルタナティヴ"と訳したい。

 可能性という言葉には、未知との遭遇、違った価値観との出会い、という意味も含まれているのではないかと思う。その意味で、音楽を聴く行為とは可能性との出会いとしてある。旺盛な好奇心は数々の可能性との出会いを生む。

 マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン、スロウダイヴ、ジーザス&メリー・チェイン、ニュー・オーダー、シャーラタンズ、ブラー...、数々のバンドの音楽性をヒップホップ・ビートの上に重ねていく彼らの音楽は好奇心に満ちている。とはいえ、クラクソンズザ・ホラーズクリスタル・キャッスルズを輩出したレーベル《Merok》を立ち上げたマイロ・デーコルは、前述したバンドを傍観者的にサンプルとして見立てているのではなく、リスペクトした上で今の音として鳴らせる技巧があり、音楽の可能性をポップな形で鳴らす姿勢がある。それを前作『A Brief History Of Love』ではヴァリエーション豊かに奏でていたが、セカンド・アルバムとなる本作『Future This』では、ノイジーをキー・ワードに奏でている。そこには彼らがデジタル・ハードコアやノイズに特化したレーベル《Hate Channel》を運営していたことも関係があるのだろう。

 プロデューサーはフレンドリー・ファイアーズやアデルを手掛けたポール・エプワース。ミックスはナイン・インチ・ネイルズやマイ・ブラッディ・ヴァレンタイン、スマッシング・パンプキンズらを手掛けたアラン・モウルダー。「最初にやりたかったのはヴェルヴェット・アンダーグラウンドのデジタル・ヴァージョン」という言葉が印象的だ。内向的な歌詞とは裏腹に、本作で(彼ら自身で逃避性を抜いた)チルウェイヴの要素やポスト・ダブステップの要素を取り込んだザ・ビッグ・ピンクは今を見詰め、開けた音を鳴らしている(ボーナス・トラックの「Stay Gold」のリミックスも素晴らしい! ザ・ビッグ・ピンクのこの先を暗示しているかのようだ)。

 彼らの音にはロックの終わりもなにもない。可能性というオルタナティヴを楽しんでいる。今度は僕らが楽しむ番。懐古主義者だろうと何だろうと音楽を体で感じ、踊りたくなる作品になっている。僕は本作の先にある光景を見たい。

 

(田中喬史)

retweet