DJANGO DJANGO『Django Django』(Because)

|

DJANGO DJANGO.jpg スコットランド出身のザ・ベータ・バンドとは、常にユニークな場所を行き来していた。1997年という、恵まれた(と敢えて、言ってもいいだろう)時期のデビューのときからゴメス、アラブ・ストラップ辺りと並べられながらも、クール・ブリタニアやブリット・ポップなどの冠詞を全くスルーして、好き放題にサイケもブルーズもヒップホップ、カントリー、フォークも程良いラフさも含めて、アシッドで居て、どこかファニーな雰囲気を保っていたバンドだった。EPを経ての1999年のファースト・アルバム『The Beta Band』では、オリビア・トレマー・コントロール、オブ・モントリオール、アップルズ・イン・ステレオなどのエレファント6、アセンズ周辺の無邪気なDIY精神と実験性と繋がるものがあったが、ベックが90年代半ばに魅せた秀逸なエディット・センスからすると、彼らの場合は出来る限り、ジャンルレスに投げかけたまま、音をそこに置いてくるという、良い意味での支離滅裂なサウンドが詰まってもいたといえる。

 その後も、作品を重ね、スタジオ・ワークで凝る『ペット・サウンズ』、『ソング・サイクル』化が強まったかのようなところも含み、幾層ものサウンド・レイヤーの中に馨り立つポップネスの純度やハモンド・オルガン、ピアノに混じったサンプリングやビート、リズム・センスなども併せて、2001年『Hot Shot Ⅱ』や2004年の『Heroes To Zeros』と、フリーキーさは若干、初期よりも抑えられながらも、デモーニッシュ且つ催眠的なアンビエンスには、英国の深奥たる森から聴こえる残響を追ってゆくと、カンタベリー・サウンドの脈も見え、キャラバン的な「Winter Wine」を飲むに相応しかった気がしたという、どうにも捻くれた不思議なバンドだった。時代が彼らに追い付かなかったのか、彼らが時代を巻き込みきれなかったのか、2004年に残念ながら、解散を迎えてしまうが、今現在において、アニマル・コレクティヴやフリート・フォクシーズといったアクトのみならず、そういったサイケデリアや催眠的な浮遊感には彼らの遺伝子が残っているとは個人的に思うだけに、再結成も望みたいバンドの一つだ。

 その元メンバーのスティーヴ・メイソン(Steve Mason)は2010年にリリースしたソロ名義のアルバム『Boys Outside』をデニス・ボヴェル(Dennis Bovell)と組み、ダヴィーにリワークした『Ghosts Outside』を昨年に出し、一定の評価を得るなど、じわじわと各々のメンバーの動きやザ・ベータ・バンドそのものへの再評価の動きもある。そして、極めつけは、元メンバーであり、現在はTHE ALIENSのジョン・マクリーンの実の弟でドラムを担当するデヴィッド・マクリーン(David Maclean)が中心となるバンドが、ファースト・アルバムを上梓したと聞いて、冒頭から不世出のザ・ベータ・バンドのことに触れられずにはいられなかった。

 しかし、このジャンゴ・ジャンゴは、2012年版にアップデイトされたザ・ベータ・バンドという名称は大まかには正しい箇所は散見されるが、当然、精緻には違う。彼らよりも屈託なく、捻くれた音響工作に凝り、ミニマルなビート・メイクへの注心、アート精神の発露の仕方がスマートなところが目立つからだろうか。既にシングル・カットされ、フロアーでもよくスピンされる「Default」は洗練されたポップとサイケデリアがチープな電子音とともに、トランシーな境地に持ってゆくダンス・ナンバーは何処かで聴いた方も多いかもしれない。その他、素朴なカントリー風味の曲でもどこかチューニングが抜けた、肩の力が入っていない曲や「Zumm Zumm」における民族楽器の交わりとリフレインされるフレーズの断片はフェラ・クティをリファレンスしたみたく、か細くもじわじわと肝を捉えるグルーヴィーさがあるなど、混沌たるサウンド・ヴォキャブラリーは持っており、中毒性もある。

 ブルックリン・シーンとは全く違う場所、ロンドンを拠点として、このデヴィッド、ギター / ヴォーカリストのヴィンセント・ネフ(Vincent Neff)、ベースのJimmy Dixon(ジミー・ディクソン)、シンセ、キーボードのトミー・グレイス(Tommy Grace)の4人からなるバンドは活動を行ない、トミー・グレイスがコンテンポラリー・アートやグラフィック・デザインの分野で活躍もしているということなどもあり、彼らのコンセンサスでもあるのだろうバンドとしての打ちだし方も如何にもアート的でクールな印象を残し、今、この現代への時差ボケは全くなく、交叉している。

 全体を通して、このフル・アルバムではUK側からのブルーズ、サイケ、フォーク、ジャム、カントリーなどアメリカーナへの畏敬も溢れつつ、アート・ロックとして深く潜り込むほどまでの地下までは掘らない奇妙な浅さがある。その「浅さ」が面白いともいえ、ライヴや作品を重ねてゆくことで、もっとネジの外れた要素を持ってくるのではないだろうか。ザ・ベータ・バンドが最初から混沌に潜り過ぎて、多くの地上者たちに発見されなかった部分を彼らなら補ってくれるかもしれない、と期待したい。こういうバンドがふとUKから出てくるものだから、やはり音楽からは目が離せない。

 

(松浦達)

retweet