BATHS『Pop Music / False B-Sides』(Tugboat)

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BATHS.jpg ファースト・アルバム『Cerulean』で、昨今のチルウェイヴとも共振するドリーミーなビート・ミュージックを鳴らした22歳の青年はものすごい勢いで進化し、いまやビート・ミュージックの範疇で語るには無理が生じるほどの多様な音楽性を披露している。

 ビート・ミュージック自体順応性の高い音楽で、ジャンルとしても良い意味で曖昧な定義しかないためか、最近はハウスと邂逅を果たすなど、ビート・ミュージックの拡大は今なお続いている。ラス・Gやフライング・ロータスが"急進派"とされ、"ウェールズのドック・ダニーカはハウス寄りだ"みたいな単一的タグ付けは無効になり、いまや複数タグが当たりまえ。そんなビート・ミュージックはいま、そのラディカルな隆盛を謳歌している。

 こうした"溶解"がポップ・フィールドにまで侵食した現状を、リスナーはどう捉えているのだろうか? 筆者はふと考えてしまうが、LA在住のバスは、その"溶解"をポジティブに捉えた音楽を鳴らしている。ガーディアン紙は「J・ディラがぺイヴメントやプリンスの作品を使い創っているかのような音だ」とバスを評しているが、これはまったくそのとおりであり、的外れでもある。というのも、バスの音楽にはもっとたくさんの要素が入り乱れているからだ。様々な音楽はもちろんのこと、バスの見てきた風景や夢、そしてパーソナルな感情が彼独自の美学となって表現されている。そんなバスの音楽にふさわしい言葉は、彼自身が宣言しているのかもしれない。そう、本作のタイトルの一部となっている、"ポップ・ミュージック"である。

 本作は『Cerulean』以降に制作された楽曲で構成されているが、本作には文字通り「Pop Song」という名の曲がある。こうした部分にもバスの美学が隠されているように思う。もともと配信限定でリリースされていた本作だが、日本独自盤としてフィジカル・リリースされたのをきっかけに、本作を手に取るのもいいだろう。

 

(近藤真弥)

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