SHEEP「Nausicaa / Blue」(Self Released)

|

SHEEP.jpg 夢の中に移住することが希望的なことならば、それはひどく漠然とした希望であり逃避でもある。僕らは眠りに落ちた後の世界の中でいくつかの希望を見付けることはできるのかもしれない。だがそれは、具現化されないまま忘れ去られ、決して現実への入口には成り得ない。現実とは、夢の中以上に足場はぐらついている。だからこそ、立たなければならない。都内を拠点に活動する、女性3人組によるシープのデビュー・シングル「Nausicaa / Blue」は、静かにそう語り出しているようだ。

 ろうそくの灯火のように揺れ動くメロディ・ライン。そのライン上に丁寧に言葉を置いていくポエトリー・リーディングと小声で話しかけてくるような歌声。すらすらと線を引いていく管楽器やストリングス、コーラスによって作られる音響が聴き手を包み込み、ウィントン・ケリーを思わせるピアノのタッチと相まって、サンプリングされた小鳥の鳴き声が温もりを楽曲に与えている。室内楽的な響きはグーテフォルクの『Suomi』を思わせるが、音数を少なくし、空間を大切にした楽曲にはポストロックという標識は見当たらず、逃避性も自己心酔的なところも無く、雪が溶けるように耳にすんなり入ってくる。

 そもそも、ほとんどのポスト・ロックは"ポスト・ロック"には成り得なかった。それは音楽の為の模索ではなく"模索を目的化した音楽"が大衆化されることはなかったからだろう。その危険性をシープのメンバーと本作のミックスを手掛けたウール・ストリングス(Wool Strings)は知っている。それゆえ、透明な美しさを持つ本作は文字通りの意味でポップな佇まいで鳴り、気持ちに残響として染み込んでくる。その残響はいつまでも鳴り続き、時計の針の音のように、日常という現実に溶け込んでいく。

 意識をどこかへ連れ去られそうになる音楽だが、この作品に「ここではないどこか」はあるのだろうか? ないと思う。シープは現実からの出口を用意しない。いずれ覚める《小さな夢の世界》の中から、今いる場所が現実への入口だと詠う。本作を聴いて、今、自分が希望的なものを求めてどこにいるのか見詰めてみるのも悪くない。思えばジャケットが暗示的だ。風によって流されそうでいて決して流されない木の写真とイラスト。飛び立つ小さな鳥。それらから、木のように根をはり、現実の中で立ち、たとえモノクロの現実だろうと鳥のように羽ばたこうとするシープの意思が見える。それは音と同様、美としてある。

 

(田中喬史)

retweet