LEONARD COHEN『Old Ideas』(Columbia / Sony)

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LEONARD COHEN.jpg 「ほとんどの人たちは死に対する用意ができていない。自分たち自身の死だろうが、誰か他人の死だろうが。死に誰もがショックを受け、恐怖を覚える。まるで不意討ちだ。何だって、そんなこと絶対にありえないよ。私は死を左のポケットに入れて持ち歩いている。そいつを取り出して、話しかけてみる。「やあ、ベイビー、どうしてる? いつわたしのもとにやってきてくれるのかな? ちゃんと心構えしておくからね」(チャールズ・ブコウスキー著『死をポケットに入れて』中川五郎訳:河出書房新社)

 「クッキーシーンに載るミュージシャンでは最高齢かも。」と、前作のライヴ・アルバム『Songs From The Road』を取り上げた時に書いたけれども、レナード・コーエン自身がその記録を塗り替えようとしている。御年77歳! スタジオ・レコーディングとしては『Dear Heather』以来、8年ぶりとなる新作『Old Ideas』が素晴らしい。40年以上にも渡る長いキャリアの中でリリースされたオリジナル・アルバムはこれで12枚目。むしろ寡作と言ってもいいだろう。でも、時間をかけてじっくり制作されたアルバムは、どれも傑作だ。今作のプロデューサーには、マドンナやブライアン・フェリー、ロッド・スチュワートなどを手掛けてきたパトリック・レナード(一部のリリース情報では、彼が"実の息子"と紹介されているけれど、それは間違い。レナード・コーエンの息子はアダム・コーエンであり、アダムの3rdアルバムをプロデュースしたのがパトリック。それが縁で今作のプロデュースに至る。確かにややこしいな!)をはじめ、コーエンの公私に渡るパートナーでもあるアンジャニ・トーマスなど4人の名前があがっている。バリエーションを持たせるのではなく、シンプルでアコースティックなアレンジに統一されたサウンドは、さらに深みを増したコーエンの歌声に寄り添うように響く。

 冒頭に引用したのは、ブコウスキーが71歳の時に書いた日記からの言葉。力強く、ユーモアいっぱいの彼らしい言い回しだけれども、日常につきまとう"老い"と忍び寄る"死"に対する思いは真摯だ。この日記が書かれてから3年後に、彼がこの世を去ってしまったことを知っている僕たちにとってはなおさらだろう。"聖と性"―そんなふうに例えられることが多いレナード・コーエンの歌。『Old Ideas』と名付けられたこのアルバムでも、彼がデビュー以来ずっと歌い続けてきた神への問いかけや人間の欲望に加え、やはり"老い"や"死"を意識した言葉が多く綴られている。

《私には未来はない / 残された日々はわずか / 現在の生活は楽しくない / しなければいけないことばかり / 過去を懐かしんでずっと生きられると思っていた / でも暗闇に取り付かれた》(ダークネス)

《時にはハイウェイを目指したもの / 鏡は正直に老いを写す / しかし狂気は、いくら別れようとしても / 深く身を隠し、去ろうとはしない》(クレイジー・トゥ・ラヴ・ユー)

 老齢に差し掛かり禅を学んだというレナード・コーエンにとっても、"老い"と"死"は逃れようもなく、恐れ(畏れ)や混乱が色濃く滲み出ている。それでもこのアルバムは、暗く陰鬱なものではない。むしろ"死"すらも見据えた言葉と歌が、リアルに生き生きと迫ってくる。トータルで約40分という決して長くはない10曲を聴き終えた時に気付くことは、"死"を身近に意識してこそ浮き彫りになる"どう生きるか?"という思いだ。それは年齢も人種もジェンダーも関係ない。"聖と性"、それを同じ響きを持つ日本語に言い換えるなら、"生"そのものだろう。思い出して欲しい。ジェフ・バックリィ、ルーファス・ウェインライトからスネオヘアーまでがカヴァーした代表曲「ハレルヤ」の一節を。

《多分、天には神がおられるのだろう / だけど、僕が愛から学んだことは、先に銃を抜いた相手をどうすれば撃ち倒せるかということだけ / それは夜に聞こえてくる叫び声じゃない / それは光を見たという誰かのことでもない / それは冷たく、傷ついたハレルヤ》

 "主をほめ讃えよ"という意味を持ち、賛美歌でもある「ハレルヤ」を、たとえ冷たくても、傷ついていても僕たちの手もとにたぐり寄せたレナード・コーエンの歌。彼が歌い続けてきたことの本質はこの新作でも変わらず、よりいっそう研ぎ澄まされている。『Old Ideas』のリリースに合わせて、いま活躍しているミュージシャンやバンドが彼の曲をカヴァーする"Old Ideas With New Friends"という企画をチェックして欲しい。ニュー・ポルノ・グラファーズのA.C.ニューマン、今年のI'll Be Your Mirror USAでついに復活を果たすアフガン・ウィッグスのグレッグ・ダリをはじめ、カルツやブラッドフォード・コックス、コールド・ウォー・キッズ、マウンテン・ゴーツなど、クッキーシーンが激オシしたいメンツばかりが勢揃い! 10年代のキッズにはレナード・コーエンを発見する絶好の機会。年季の入った音楽ファンは、10年代のインディー / オルタナティブ・ミュージックの豊かさに気付くはず。レナード・コーエンの歌は、こんなふうに歌い継がれていくのだろう。

 『Old Ideas』というタイトル、それは「ジジイのひらめき」でも「古ぼけた考え」でもなく、「私がずっと歌い続けてきたことだよ」とレナード・コーエンはほくそ笑んでいるかもしれない。

 

(犬飼一郎)

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