CHRISTIAN NAUJOKS『True Life / In Flames』(Dial)

|

CHRISTIAN NAUJOKSjpg.jpg レディオヘッドの昨年の『The King Of Limbs』では、ディープ・ミニマルの影響を少なからず受けていた要素はあったが、ライヴではツイン・ドラム構成のダイナミクスも揃い、オーガニック・ミニマルの持つ有機的で小刻みに徐々にズレる拍の分だけ、フィリップ・グラスやスティーヴ・ライヒ、ラ・モンテ・ヤングの音を聴いているときに起こる拍の頭に関して、ふと脳内でそれが飛んでしまう感覚を孕んでいたとしたら、今回、ドイツのエレクトロニカ、ミニマルなどで有名なローレンスが主宰するレーベル《Dial》から満を持してリリースされるクリスチャン・ナウヨクス(Christian Naujoks)の2010年の話題になったファースト・アルバム『Untitled』を経てのセカンド『True Life / In Frames』は、そのレーベルから出ているとはいえ、"オーガニック・ミニマル"と称するには難しいだろう、クロスオーバーとしてポスト・クラシカルの次を見通した意欲的な静かな現代音楽の桎梏への距離感で為されている作品である。

 ちなみに、電子音もプリセット音も全く入ってこない。タイド・アンド・ティックルド・トリオなどのワークでも注目を集めるトビアス・レヴィンをプロデューサーとして招き、ハンブルグ・フィルハーモニーの全面協力の下、2011年の8月にハンブルグのクラシック・コンサート会場のライスハレ(Laiszhalle)でライヴ録音されたのもあるのか、生々しさと緊張感に息を飲む内容になっている。楽器もアコースティックのものでピアノ、マリンバと絞られ、曲によって入る彼の中性的な歌声が衣擦れのように響く。だからといって、アンビエント、ジャズ的なムードではなく、やはりオーガニック・ミニマルからポスト・クラシカルの幅を揺れ、名前が付けることが出来ない隙間を鳴らす。隙間を鳴らす、彼のピアノの低温の旋律と、マリンバの細かいリズムの軽快さが、ストイックで酸欠してしまいそうな音空間に空気が吸える場所をしっかり確保もしている。

 今、ロック・ミュージシャンの一部が現代音楽に目を見据えている動きもジャズ・ミュージシャンがロック・ミュージックへの目配せをしているのも含めて、"クロスオーバー"という簡単なタームでおさまるものではなく、音楽的な絵図を描き、新しいヴィジョンを突き進んでゆくアーティストにとっては、ジャンルは最初からあってないようなもので、その「ある概念」を具像化してしまうとなると、どうしてもこういった"カテゴリーが後から付いてくる"いささか前衛的ながらも、「美しい音」を作ってしまうということなのだろう。「美しい音楽」というよりも、「美しい音」。

 ここまで書いてきたが、決して、敷居が高く、小難しい作品ではないのは強調したい。9曲の内、5分を越えるのは3曲だけ、あとは全部、4分以下で、冗長さもなく、自然の流れでも聴き通せるし、カフェやラウンジで流れていてもBGMとしての機能性もある。2曲目の「On To The Next」には、竹村延和氏や高木正勝氏の一時期のストイックな音に対しての彫像美が特に出ていると思う。リズムが細かく優しく重ねられながら、ときには、いつかのシカゴ音響派におけるトータスの初期、イン・ザ・カントリー、そういった音を想い出す人も多いかもしれない。彼のボーカルがフィーチャーされた3曲目「Moments Ⅰ」、9曲目「Moments Ⅱ」にはセンシティヴな現代の「うたもの」としての平熱感がある。その「うたもの」は日本でいえば、空気公団やさかなの在り方にも近い、そのままの空気の揺れと共振するものだ。そして、ライヴ録音での響きの良さ、余韻がそれにまたワンネスという魅惑を忍び込ませる。チルアウト、アフターアワーズ・ミュージック、もしくはヒプナゴジック・ミュージックとして枕の傍らに置いておくのもいいかもしれないが、ただ、個人的に思うに、このライヴ録音でのストイックな静かさで必要なのは「雑踏」の音だろう。何故ならば、無菌室のようなところで紡がれた麗しさに物足りなさをおぼえる人も、透き通った音像の向こう側に自分の日常とは違う逃避を視る人も居るとは思うからだ。しかし、この作品を聴きながら、騒々しい通り(ストリート)に出てみたときに、風景とこの静寂は馴染み、仄かに視界を変えてくれるような気がする。いつも通りの日常だとしても。

 8曲目のタイトルは「Dancer」であり、こういった音で日常を舞うのもいいと思う。凛とした姿勢の正しい音が詰まっている。

 

(松浦達)

retweet