VARIOUS ARTISTS『AHK-toong BAY-bi Covered』 (iTunes Music Store)

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AHK-toong BAY-bi Covered.jpg 1991年1月、夕方のニュース映像が今でも記憶に焼き付いている。いくつもの黄色や緑色の光が宙を舞っていた。仄かに浮かび上がる市街地の影と小さな光が交差した瞬間、白い閃光が夜空を照らす。多国籍軍のイラク空爆。湾岸戦争の開戦を伝える暗視カメラの映像だ。光の輪郭は滲み、音はなかった。「キレイだな」とは思わなかったけれども、「出来の悪いテレビゲームみたいだ」と思った。影絵のような建物の中には人々の暮らしがあって、この夜の向こう側には明日があるということが想像しづらい。エディットされたニュース映像、ハイテクが実践され始めた武力。そして、全世界を網羅するITはすでに用意されていた。90年代は、そんなふうに始まった。

 「90年代への準備はできているかい?」そんな問いかけに、いったい誰が答えることができただろう?

《笑気ガスへの準備は完了/僕は準備できている 次に起こることにも》

 ベルリンの「動物園駅(Zoo Station)」に降り立ったボノは、エフェクトで歪んだ声でそう答える。デビュー時のパンク/ポスト・パンクに影響を受けた鋭利なサウンドから、ブライアン・イーノとの邂逅を経て、アメリカのルーツ・ミュージックへと接近した80年代のU2。そして90年代の幕開けと共にリリースされたのが、この『AHK-toong BAY-bi Covered』のオリジナルとなった7thアルバム『アクトン・ベイビー』だ。その第一声は、たちの悪い冗談にしか聞こえなかった。

 アイルランド出身の彼らは、デビュー当初から武装組織 IRA(アイルランド共和軍)への反対姿勢を打ち出してきた。そして、アムネスティ・インターナショナルやグリーンピースへの支持を惜しむこともなかった。現在も一貫している生真面目な政治的メッセージ/活動は真摯だけれども時に暑苦しく、(特に日本では)「正義のバンド」というレッテルさえ貼られていた。なにしろ6thアルバムに付けられた邦題が『魂の叫び』だ。原題である『Rattle And Hum』は、騒がしさを表現する擬声語にすぎないのに。

 『アクトン・ベイビー』は、"そんなU2"が「大胆にもダンス・ミュージックに挑戦!」とか「ついにエレクトロニクスを導入!」とか、何かとサウンド面での大きな変化が話題になったアルバム。そのアプローチは『ズーロッパ』 『POP』へと引き継がれ、90年代のU2を象徴する『ダンス/テクノ3部作』として結実する?というのが一般的な評価。あるいは歴史的な事実。確かに『アクトン・ベイビー』でのサウンドの刷新は大胆だ。けれども、このアルバムの本質はテクノロジーやダンス・ビートを取り入れたという事実ではなく、そこに向けた視線にこそある。

 視線の先はダンス・フロアそのものではなく、その外側の世界。クラブを包み込む夜の闇であり、混沌とした未来へと向かう日常だ。踊るのには物足りない、ぎこちないビート。けれども、そのビートは人々の鼓動と共鳴する。もはや大声で叫ぶ理想はなく、宗教観さえも揺らいでいる。けれども、たくさんのラヴ・ソングがある。

 このカヴァー・アルバムはイギリスの音楽雑誌 Qマガジンが、オリジナル・アルバムのリリース20周年を記念して昨年の秋に企画/制作したもの。当初は雑誌の付録だったものが、チャリティ・アルバムとしてiTunes Music Storeで入手できるようになった(購入先アドレスは下記を参照)。1991年から2011年、そして2012年へ。一体何が変わり、何が変わらなかったのだろう? オープニングではナイン・インチ・ネイルズ名義のトレント・レズナーが、やはり《準備はできているさ》とうそぶく。まとわりつくようなノイズのヴェールで不安をかき立てながら。ようこそ、10年代の「Zoo Station」へ。

 U2と同じくアイルランドのダブリン出身であるシンガー・ソングライター、ダミアン・ライスは「One」をアコースティックでカヴァー。原曲のクオリティを考えると、引き算のアレンジに徹したのは正解だろう。ヴィム・ヴェンダースのフィルモグラフィーから忘れ去られている『夢の涯てまでも』の主題歌だった「Until The End Of The World」を歌うのはパティ・スミス。哀しげなピアノと少し不安定なヴォーカルは、場末のバーのシンガーみたいだ。U2と同世代のデペッシュ・モードは「So Cruel」をオリジナルのように鳴らす。名作『ヴァイオレーター』のリリースも90年だった。

 後半はスノウ・パトロール、ザ・フレイ、キラーズ、グラスヴェガスという"スタジアム級"を狙える若手/中堅バンドが並ぶ。中でもキラーズの「Ultra Violet (Light My Way)」とグラスヴェガスの「Acrobat」のカヴァーが素晴らしい。ピアノの弾き語りから一気に盛り上がるキラーズは、さながらクイーンとU2のハイブリッド。アルバムはラストへ向けて、さらに加速する。続くグラスヴェガスは原曲に忠実ながらも、よりラウドなアレンジで猛り狂う。そして、ラストはジャック・ホワイトがカヴァーする「Love Is Blindness」。オリジナルは、深く沈み込むようなモノトーンの曲調が印象的だった。それをジャックは燃え盛る情念で真っ赤に染め上げる。ホワイト・ストライプスの解散以降、ラカンターズにもデッド・ウェザーにもなかった凶暴なフィードバック・ノイズと喉が張り裂けるほどのスクリームが響き渡る。

 テクノロジーは日常に溶け込み、エモーションだけが残った。そして、今も同じ問いかけが聞こえる。「10年代への、未来への準備はできているかい?」僕たちは、いつだって準備不足だ。

 

(犬飼一郎)

 

iTunes Music Store 『(Ǎhk-to͝ong Bāy-Bi) Covered』

*アルバム1枚につき1055円が、世界各国で貧困に苦しむ人々を支援するチャリティー団体 Concernに寄付されます。(iTunesメモより抜粋)

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