THE WEEKND『Echoes Of Silence』(Self Released)

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The Weeknd『Echoes Of Silence』.jpgのサムネール画像 ザ・ウィーケンドによる3部作の最後を飾る『Echoes Of Silence』だが、1枚のアルバムとしては、独立性の低さは否めない。マイケル・ジャクソン「Dirty Diana」のカヴァー「D.D.」という飛び道具はあるものの、暗喩が含まれたラブ・ソングが大半を占める曲群や、メランコリックなメロディなどの特徴は、前2作からほとんど変わっていない。

 サウンド・プロダクションについても同様のことが言える。ポスト・パンク的アプローチを見せる「Initiation」は面白いが、リバーブの多用、ダブステップ以降のビート感覚にも大きな変化は見られない。ゲスト参加したラッパーのジューシー・J、プロデューサー陣のイランジェロ、クラムス・カシーノ、ドロップバイライフといった面々の仕事も的確ではあるが、それでも本作が特別な作品とは言い難い。

 しかしそれはあくまで、"1枚のアルバムとして"見た場合だ。『House Of Balloons』『Thursday』から続く"3部作の最終章"としての本作は、素晴らしい出来となっている。

 先述した「D.D.」から始まる本作は、ラストの「Echoes Of Silence」まで、一貫したヘヴィネスが支配している。このヘヴィネスは、『House Of Balloons』『Thursday』にもあったが、本作ではよりシリアスになっている。特に「Initiation」以降の流れは、そのシリアスさが顕著になる。

 ちなみに「Initiation」は、声を終始変調させる変則的な曲だが、日本語で"通過儀礼"を意味するこの曲は、本作のハイライトだろう。歌詞の内容、ピッチシフトによる声の変化、そして、歴史的に身体的苦痛が伴うものが多い"通過儀礼"をタイトルにしたことから察するに、「Initiation」はセックスの歌だ。それはザ・ウィーケンドにとって珍しい題材ではないが、男性と女性同士の、世間では"常識"とされる関係だけでなく、同性同士の情事、さらにはノンケ、レズ、ゲイが入り乱れた乱交を示唆しており、グロさすら感じる。この曲は、藁にもすがる思いで救いや快楽を求める者の哀しみを描写すると同時に、ザ・ウィーケンドの本質がもっとも露わになった曲ではないだろうか?

 ジョージ・オーウェルやウェルズが描いたディストピアが現実となり、"他"より"個"が尊重されるようになった現在において、一連の3部作は、ザ・ウィーケンドからの警告、または予言のように思える。繰り返される自己破壊、躊躇なくタブーを破り、軽々と一線を越えてしまう欲望と危うさ。その先に待つのは、『沈黙の反響(Echoes Of Silence)』という名の終末であると...。

 『House Of Balloons』『Thursday』『Echoes Of Silence』、この3作を通してザ・ウィーケンドは、厭世的ディストピアを描いている。

 

(近藤真弥)

 

追記:『Echoes Of Silence』他2作もTHE WEEKNDの公式ホームページでフリー・ダウンロード可能。

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