MUSETTE『Drape Me In Velvet』(p*dis)

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MUSETTE.jpg この作品を聴いて、ふと思ったのは〈生の朦朧性〉、またはそこに埋没した耽落のことだった。「生の事実」の回路を通して、もう一度、曖昧なものを取り戻すための媒介としての音楽であり、あるタームではこれはエスケーピズムの音楽として捉えられるだろうが、個人的には自身の在り方の輪郭を確かめさせてくれる、逸脱という本質に感応した。

 逸脱という本質として、本当に音の触感(質感ではなく)が良い。懐かしくも、敢えてそういった懐古主義を狙いながらも作為性の見えない、作家主義経由のマジカルな機微。浮遊感を伴うアナログで夢幻のような音空間。音響自体には、竹村延和氏の諸作、初期のムーム(Mum)や一時期の〈Rune Grammofon〉界隈のアーティストたちに通じるレトロで牧歌的な誘眠作用もある。そういう意味では、ヒプナゴジック・ポップたるチルウェイブ、インディー・アンビエントの水脈を辿り、スウェーデンから紡がれた「小さい音で、ベッド・ルームで聴くための音楽」にも思えてしまうが、それらとはどうも違うと思う。

 少し説明を入れよう。ミュゼットとは、スウェーデンのヨエル・ダエル(Joel Danell)のプロジェクト。もはや、本国ではIKEAのCM音楽「Air On The G String」を手掛けるなど知名度も高いアーティストであり、09年のファースト・アルバム『Datum』の美しく叮嚀に編み込まれた音響の巧みさも日本でも局地的に愛されてもいたが、3年振りとなるこの『Drape Me In Velvet』では着実に深化したというよりも、リュック・フェラーリの言うところの「ミュジーク・アネクドティーク」、つまり、"逸話的音楽"としての物理学的アプローチが要所で伺えるところが興味深い。本作の制作にあたって、彼は、親戚から多くの数を譲り受けた50年代から60年代のカセット・テープやオープンリール・テープに音を詰め込んでいったという。配信、デジタル文化やCDというパッケージング・カルチャーと比して、今はテープ音楽として音源を敢えてリリースするアーティストも増えているのは周知かもしれない。それは、「テープ音楽」というのは摩耗と自然の割れが発生するものであり、フラジャイルな一回性、偶然性もときに帯びるからなのもあるだろうし、そういった形式を取ることにより、作家精神を表象させる意味も含むからだろうか。

 ちなみに、「テープ音楽」に関しては、音楽評論家のエリック・ソーズマンが「電気的なフィルターの使用、音響付加価値の使用、テープの環状連結、音の強さのコントロール、テープ・スピードの変化などがあり、テープはまた、短く切り刻んで、継ぎ接ぎすることができる。(中略)音の性格を変えるさいにも、たとえば、もとの音とまったく別の音に変えてしまうこともできれば、非常に微細な変化もつけることも可能である。さらに、こうして変化したものを極端なものと極端なもの同士、激しいコントラストをつけて並置することもできるし、逆に、全体が徐々に変化するよう、あらゆるタイプのグラデーションをかけることもできる。」(『20世紀の音楽』エリック・ソーズマン/松前紀男・秋岡陽訳、東海大学出版会より)、と記しているが、今作での大事な部分は「グラデーション」という部分かもしれない。この作品は、本当にぼんやりと聴いていると派手な意匠、起伏がないので、あっという間に12曲、36分ほどを聴き終えてしまう(注:ちなみに、日本盤には「Over And Out」というボーナス・トラックが収録されている)。

 ピアノが遠く霞むみたく鳴り、ザラッと質感に角のないビートが刻まれる1曲目の「CouCou Anne」から一気に彼の世界観に引っ張り込まれ、まるでいつの時代の音楽かと想わせるような艶めかしいメロディー・ラインが浮かぶ2曲目の「Wuzak」と、繋がりを切ることはなく、テープ同士が結びつき、そのざらつきさえも音楽にしてゆく。どこかで聴いたことがあるような音、いつかの佳き時代のモノクローム映画の後ろで流れていたような柔らかくもロマンティックな音が次々と「留保」されてゆく。しかし、あくまで現代のアーティストであるというのが分かる6曲目の「Little Elvis」辺りのフランスのエールにも通じる実験性と優美なサウンド・シークエンスの融和が見えるところだろうか。決して、彼は懐かしさを狙い、想うためにこの作品を編み上げたのではないのは、緻密に配置されているサウンドの響きやメロディーの柔らかさと絶妙な音の揺れからも伺い取れる。タイトルが如何にもな、8曲目の「Night Night Night」などはどんな国の人たちが聴いても、何らかの慕情をおぼえてしまうのではないか、という可愛らしくも綺麗なテープの歪みがある。アナログ・シンセも効果的に活かされ、ピアノの旋律が仄かに馨る。そこに、テープ音楽独自の音割れとグラデーションがじわじわと見え隠れし、決して壮大な展開もドラマティックな盛り上がりもなく、引き延ばされたままの時間が宙空に浮かぶ。

 引き延ばされたままの時間で「不在による現前」沿いに、生の朦朧性の認知を想い出すことが出来るかのような、そんな感覚を得ることが出来る作品になっていると思う。

 

(松浦達)

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