【合評】THE HORRORS『Skying』(XL / Hostess)

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THE HORRORS.jpg 本当は数ヶ月前に入稿したかった。だけど、どうしてもとりかかることができず、こんな時期になってしまった。なにより、これはぼく(ら)にとって、あまりに「重い」テーマを抱えているから、なかなか書きはじめられなかったというか...。

 まあ、そろそろ「年間ベスト」を選ぶ時期になり、このアルバムは明らかにぼくのそれに入ってくる(そして、来年2月には彼らの来日も控えているので)、結果オーライ? すみません...。

 ぼくは、ときおり仕事で日本盤の歌詞対訳をやらせてもらっている。自分としては、ライナーノーツを書かせてもらうより、そっちのほうが何倍も楽しい。ライナーノーツを書くのは、当該アルバムやその周辺の情報、そのアルバムをとおして自分が「発見」したことを読者に伝える作業。つまり、その執筆作業中に「自分にとっての発見」は、あまりない。しかし、歌詞対訳は違う。その作業をおこなうなかで、いろいろな「発見」がある。

 ザ・ホラーズのサード・アルバム『Skying』においては、そんな「発見」があまりにでかすぎた。

 歌詞のことにふれるまえに、まずは音楽面について。

 ネオ・ロカビリーもしくはサイコビリー(これって、80年代にもあった用語だし、決して「かっこいいもの」というイメージが残っているわけじゃないし、それを付したとき「UKプレスもいよいよ本格的にやきが回ってきたかな」と思った)の旗手として注目されたころから、ザ・ホラーズには「さまざまな音楽的スタイルを、客観的かつ批評的にとらえる」という姿勢があった。

 だからこそ、セカンド・アルバムで一気にマイ・ブラッディ・ヴァレンタインよりのノイジーなサウンドに傾いたときも決して不自然ではないどころか、すごくリアリティがあったし、過去に彼らがとってきたスタイルのいい面を全部導入しつつよりポップなメロディーが際立ってきた3作目『Skying』に関しても、同じことが言える。そのポップさにをとおして、ぼくなどは、たとえばELOやウィングスなど70年代のポップ・ロックに通じる部分さえあると思ってしまった。

 編集部の近藤くんはこれを聴いて「ますますプライマル・スクリームの後継者と言うにふさわしいと思えるようになってきた」みたいなことを(たしかツイッターで)言っていた(編注:どうも近藤です。確かに「後継者と言うにふさわしい」とは思ってますが、ツイッターでは、「実はセカンドを聴いたとき、「もしかしたら、自分の世代にとってのプライマルは The Horrorsなんじゃないか?」と思ったんだけど、『Skying』を聴いて、それがさらに確信へと近づいた。」と呟きました!)。プライマル・スクリームは最新アルバムで「非常にごつごつとしたポップ性」を獲得していたというシンクロニシティーの面でも、先述の「スタイルに対する客観的/批評的姿勢」という点でも、近藤くんの感想にぼくも同意する。

 ザ・ホラーズがサマーソニック出演のためこの夏来日した際、中心人物ファリスと軽く立ち話する機会を得た。70年代のポップなロックを思いだした部分があるという感想を伝えると、彼はこんなふうに応えた。

「ああ、なんとなくわかるよ。アルバム制作中、たしかに70年代のロックはよく聴いてた。とくにデヴィッド・ボウイとか」

 なるほど! 70年代のデヴィッド・ボウイといえば、まさに「スタイルに対する客観的/批評的姿勢」を極限まで前面に出していた。そんな意味でも納得!

 今回、ぼくがファリスと話してみたかった最大の理由は、もちろん歌詞について聞きたかったから。

 たとえば2曲目「You Said」のコーラス部分では、こんなことが歌われている。

《崩壊のあとに/壊れたあとに波がやってきた/そしてなにも残っていない/もしくは/ほとんどなにも》

《崩壊後の日々が訪れる/壊れたあとも波は押しよせる/それはなにも教えてくれない/もしくは、ほとんどなにも》

 なにを思いだしたか? もちろん言うまでもない。今年3月の原発事故とそれにつづく日々を...。

 先述のとおり、基本的に「挑戦的サウンド」と「ポップなメロディー」のとりあわせが素晴らしいこのアルバムだが、(日本盤ボーナス・トラックをのぞく)最後は「ゆるやかにたたみかける」ような8分の長尺曲「Oceans Burning」でしめくくられている。

 この曲の冒頭4節分の歌詞に、またもや胸をしめつけられるような気持ちになった。基本的に「歌詞の解釈」をひとつに決めつけることは嫌いなので、あくまでぼくのイメージであると断ったうえで述べると、ぼくはそこから「東北の果樹園にいた大切なひとが津波の犠牲者になった。ぼろぼろの写真だけが残った」という場面が頭に浮かんでしまった。なるべくそれに囚われないよう(邦盤歌詞対訳者として)ニュートラルな日本語にしようと試みつつ、どうしても涙が止まらなくなってしまった。

 そして「Oceans Burning」後半には、こんな一節もある。

《孤独な船の上にいる/それは燃えあがる海で満たされている》《いっしょに溶けよう》(もしくは《いっしょに溶融しよう》)

 この段階で、ぼくの頭は完全にメルトダウンした。

 今年の原発の事故によって、海も空も汚れてしまった。かつての海や空とは違うものになってしまった。それは、本当に、いちばん悲しいことのひとつだ。悔やんでも悔やみきれない。

 このアルバムの歌詞には、モチーフとして海がたくさん使われている。アルバム・タイトルは『Skying』。そして、カヴァー・アートに描かれた空や海は、とても、とても不思議な色をしている...。

 おそるおそる、フェリスに尋ねてみた。

『Skying』のいくつかの部分から、日本の震災や津波、原発事故を思いだすんだけど...。

「えーっ、それはないんじゃない(爆笑)?」

 最初、フェリスはぼくの深読みに対して、まったく理解できないというようすだった。しかし、いろいろ説明していくうちに彼の表情が変わってきた。

「なるほど...。ぼく自身にそんな意図はなかったんだけど、言ってることはわかるよ。そうなんだ...。集団的無意識、ってやつかな、これが...」

 2011年にぼくが体験した「ポップ・ミュージック的なできごと」のなかで、最も感動的なもののひとつだった。

 『Skying』は、彼らのアルバムとしては初めて全英トップ5入りし(ファーストは37位、セカンドは25位)、全米トップ100にも食いこんだ。

 彼らは、こうやって、ゆっくり前進していく。プライマル・スクリームもそうだったように。

 

(伊藤英嗣)

 

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 僕は「再生」という言葉が好きだ。例えば、レコードをターンテーブルに乗せ、「再生」ボタンを押すという行為。この行為には、リスナーが音楽に命を吹き込むドキュメントの始まりが記録されている。そこでは、「無料か有料か」といったことは一切問われない。3000円出しても「クソだ」という人はいるし、逆にフリーダウンロードの音源に愛着を持ち、満面の笑みを浮かべながら聴き込む人もいる。過去や未来は関係なく、金銭的価値からも遠い「再生」という行為。あくまで自分の主意によって、その音楽の持つ価値が定められる。この行為に快感を覚えてしまった者が、死ぬまで音楽を愛し続け、場合によってはアーティストとして自ら表現する道を選ぶのかも知れない。ザ・ホラーズも、そんな道を選んだ者達の集まりだと思う。

 ガレージ・ロックやサイコビリーにゴスの要素を振りかけた『Strange House』がデビュー・アルバムのホラーズだけど、『Primary Colours』ではマッド・サイエンティスト的エレクトロニック・サウンドを披露し、最新作『Skying』でも、メジャー・コードと透き通るようなシンセが増え、独特なサイケデリアを展開している。常に変化を求め、表現する音楽性を変える姿勢はどこかプライマル・スクリームに通じるものもあるが、両バントに共通するのは、自分たちにしか見えない独自のヴィジョンに忠実で、それを元に音楽を作っている点だろう。だからホラーズも、アルバム毎に刷新レベルの変化を続けている。傍目から見るとバラバラなディスコグラフイーに見えるが、当人達にしたらすべてが繋がっているのだ。

 そしてホラーズとは、心の底から音楽が好きでたまらない真性の音楽オタクなのだろう。表現したいものが多すぎるからこそ、ひとつの形に囚われず変化を続けるのであり、『Skying』にも、独自の音楽をクリエイトしたという自信が宿っている。『Primary Colours』のダークでブチ切れたサウンドにやられた身としては、ちょっと物足りない感じがするのも否めないけど、ユーフォリックな感覚さえ感じさせるサイケデリック・ロックが詰まった本作は、間違いなく素晴らしいアルバムだ。

 

(近藤真弥)

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