ヨーナス・ブジェーリ

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JONAS BJERRE

僕が歌うことでストーリーテラーのように
聞こえればいいなと思ったよ


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Jonas_201112_A1.jpg言わずと知れたこの人物、ヨーナス・ブジェーリ。彼はミュー(Mew)のヴォーカリストとして活躍する一方、近年はアパラチック(Apparatjik)という覆面アート・バンドのメンバーとしても精力的な活動も行なっている。その両者を通して、音楽的可能性の広さと本国デンマークにおける評価の高さを、まざまざと思い知らされる。

そんな彼は過去にサントラ制作の一環で曲を提供するなどしていたが、遂に満を持して一つの映画のサントラを全て手がけることになったのである。ミューだけでもライヴのスクリーンに映される映像作り、或いはミュージック・ヴィデオに関係する映像作りをしてきている、マルチ・アーティストと呼ぶに相応しい類い稀なるミュージシャンの一人として確実にその地位を築き上げてきた彼。デンマーク国内ではインディー・リリースだった今回のサントラ盤がこうして日本ではソニー・ミュージックからリリースされる。その大抜擢には、彼の作り出した音楽の興味深さも所以となっているはずだ。

日本ではダウンロードぐらいでしか手に入らなかったこの秀作について、映画の話も交えつつ聞いてみた。

なお、補足しておくと、以前彼本人に聞いたところによると、彼の名前はデンマーク語ではヨーナス・ビエールという読み方をするそうだ。日本では英語圏での発音にのっとってヨーナス・ブジェーリを正式表記としていることから、このインタヴューでもブジェーリと書かせていただく(と同時に、別の発音があることも心に留めておいてもらえれば幸いだ)。



このサウンドトラックを書くことになったきっかけは何でしたか?

ヨーナス・ブジェーリ(以下J):最初のきっかけは、実は仲良しの監督のルネ(Rune Schjøtt)が映画を作ったからだった。初めて彼を知ったのは僕が高校生の頃だったんだけど、彼がホストを務めるラジオのショウでアコースティック・セッションをやっていて、それ以来とても親しい間柄になった。ルネは多少、空想の質というか、僕がやっているようなことと同じ感性を持っていて、だからこそ僕は自分が彼の映画の音楽を作るっていうことは完璧だったんじゃないかと感じているよ。

素晴らしいアルバムですね! しかしスコアを書くことの苦労はありませんでしたか?

J:どうもありがとう! 僕は以前にもスコアを書いたことがあるんだけど、その映画全てではなくて、だからすごく新鮮な気持ちだった。というのは、物語にすごく入り込む感じで、映画の中の人物の気持ちを自分自身の感情をもって伝えたから。それは簡単なことではく、かといってすごく難しいというわけではなかった。ただ非常に異なる、新しい、素敵なものだった。最初から、自分自身で殆どをやりたいということはわかっていた。だからトランペット(Bo Rande)と一部の女性ヴォーカル(Becky JarrettとAgnete Hegelund)を除く全ての楽器を自分で演奏しているんだ。それは当然やりがいのあることだし、特に僕はドラムが下手クソだからね(笑)!

実際の音源制作はいつ頃どこでどんなふうに行なわれたのでしょうか? 楽しかったですか?

J:僕がその台本の下書きを受け取ったときから始めたんだけど、おそらく2009年の1月のことで、2011年の6月に作業を終えたんだ。ルネは新しい台本の下書きを、物語が発展するたびに送ってくれていた。そして僕はニューヨークのブルックリンにある小さなスタジオで一ヶ月ほど作業をし、映画に対して必要な明確なアイディアを得ることが出来た。元々僕たちはアコースティック・ギターとヴォーカルだけの僅かなものを望んでいて、それは今まで自分がやってきたこととかなり違う素晴らしいチャレンジだと思っていたんだ。でも物語が発展していくにつれて、もっとカラフルなインストゥルメーションが必要だと気付いた。僕はとても楽しんでやることが出来たし、自分が忙しかったことも気にしなかったし、ツアーやその他のことをやっている合間にもいつでも戻れるように時間を作っていたんだよ。


Jonas_201112_A2.jpgあなたの良いところは、高い声が出せるのにあまりそればかりをやらないところだと思います。今回、ヴォーカルに関して何か意識したことはありますか?

J:元はというと僕たちは多くのヴォーカル主体の曲をこのサウンドトラックに入れたかったんだけど、編集していくにつれて、シーンに対してときにヴォーカルが相反することがあってね、最初に決めていたよりももっとたくさんのインストゥルメンタル部分が欲しいと思い始めた。この時点で僕は非常に映画と曲を結びつけるようになっていて、一つのアルバムの中に僕が思い描いていたものを維持できるようにしたかった。ヴォーカルは周りの空間共々ソフトで暖かく聴かせたかった。僕が歌うことでストーリーテラー(語り部)のように聞こえればいいなと思ったよ。

ドラム、ギター、ベースなど普段あるものがなかったことは、逆に良い効果をもららしたような気がします。あなたにとってはいかがでしたか?

J:そうだね、これは僕の計画の一部で、ロック的に固定された楽器編成から逃れて爽やかな感じにしたかった。ベースやギターやドラムも少し使ったけど、ミューでやっているようには前面に出さないようにして、ときにはもう少し曲に動きを出して力強いリズムを持たせるようにしたり、いい経験だった。新しい物事に挑戦することはすごく大切だと思うから、僕はこの結果をとても嬉しく思うよ。

私たちの編集長は50ぐらいの男性で、アルバムの曲は彼が高校生の頃に入れ込んだ70年代後半のイアン・マシューズやアル・スチュワートを思いださせる部分があるそうです。彼らは基本的にはスコティッシュ・トラディショナルのシンガー・ソングライターですが、70年代後半から80年代前半にかけて「プログレッシヴMOR(Middle Of The Road。日本で言うところのAOR)」とでも称すべき音楽をやっていました(後者はアラン・パーソンズがプロデュースしています!)。このような見方をどう思いますか?

J:なるほど。僕はそれらのアーティストには精通していないけど、僕がこのプロジェクトを始めたときはシンガー・ソングライターという伝統としての、僕自身のアイディアに合う何か、もっと実験的なアプローチなりを作ることにかなり熱心になっていた。強い曲を書くこともチャレンジだし、かといえば曲がどうふくらむのか、正確にはどう成り得るのか、曲がある種の旅路のような、そういうものに挑戦するシンガー・ソングライターにいつも僕は惹き付けられているんじゃないかな。

そしてアルバムの一部のインストゥルメンタルの部分は彼そして私にとって『Smile』期のザ・ビーチ・ボーイズを思い起こさせます。

J:ザ・ビーチ・ボーイズの古いレコードは僕も大好き! 何が引き合いに出されたかって、それはこの子供らしい遊び心と素朴さと想像力の折混ざった部分だと思うよ。テーマはごくシンプルなのに、同時に表象が複雑で、何故なら主たるメロディーの下で調子を狂わす何かが動いていて、そしてそれがこの隠れた暗さにもなってしまうんだ。

同時にブライアン・イーノが示したアンビエント・サウンドも思い起こさせます。いかがですか?

J:それはまた別の褒め言葉だね! 実はアルバムの中のほとんどのアンビエント・サウンドが実際には「本物の」楽器とモノ(キーボードやコンピューターというよりは)を使って作られているんだ。例えばガラスをたくさん演奏しているんだけど、つまりワイングラスを持ったり一定の量まで水をたっぷり入れて、ふちに指を走らせて、サイン・ウェーヴのような音を作り出すんだ。はたまたアコースティック・ギターを叩いてコンプレッサーに通すと音量が曲がって音にゆっくりと当たる。それはキーボードと似ているけど、違ったものなんだ。もっと温かい感覚が生まれるんだよ。ヴォーカル主導の曲の一部も多くのシンセが入っているけど、ほとんどのアンビエントは単にゆっくりしたインストゥルメンツとそういったものを実験的に試みたものなんだ。


Jonas_201112_A3.jpg曲調は、明るくてもメランコリックなものが多いですね。これは制作中のあなたの心情を表したものなんですか? それとも映画の雰囲気に合わせたのですか?

J:僕はメランコリーなものを探る傾向がある、何をやるときもね。それはもう衝動だろうね。少し深い話をしようか。プロジェクトが盛り上がってくるときって、実は僕にとってかなりエキサイティングなんだ。自分一人で何かやるより違ったチャレンジになるからね。ディレクターに送った最初の3、4回はすべてとても悲しくて、彼は僕にすごく気に入ったと書いてくれるんだけど、彼が僕に望むのは本当はもう少し明るい面も探ってほしいということなんだ。そうでないとその映画(それ自体けっこう暗い)は憂鬱すぎるものになってしまうからさ(笑)!

この映画はどんな映画ですか? どんな人物が主人公なのですか?

J:説明するのは難しいな。思春期のダーク・コメディーで、でもそれ以上のものがある。とても小さな町で、主人公は子供の頃にうっかり者でアクシデントを引き起こしたせいで町の皆から避けられている十代の男の子なんだ。その彼の父親がひどく傲慢で、それから男の子は目の見えない女の子と恋に落ちてしまう。男の子は孤独で、寂しさとどこにも属さない感覚を乗り越えるために、たくさん空想にふける。おとぎ話と社会的リアリズムとの奇妙な融合だと言えるね。

あなたは彼やこの映画自体にとても共感していますか?

J:確かに空想と結び付けることは出来る。ただ、僕は現実逃避が必ずしも不幸な結果を生むとは信じていない。音楽やアートを作っているとき、僕はいつも空想にふけっている感覚がある。それは幾らかの人々(僕のような)にとって一種の瞑想なんだと思うよ。

CDのブックレットにはあなたの手書きの歌詞がありますね。まるで彼(またはあなた)からの古い「手紙」のように思えます。あなたはどう思いますか?

J:たしかにこのアルバムは、あーわかるって感じで、人間的な親近感を覚えるものだと思う。映画の筋書きはかなり繊細で曲群はけっこう「無防備」なあからさまな感じがする。直筆のものを歌詞に使うことはその親密感を膨らませるようなものかもしれないね。

歌詞を聴くと、すごく芯の強い人間を表しているようです。それはこれまでバンドにおいてやってきた「意見」といえる志向とは少し違って、もっと根本的な「考え」や「生き方」が見える気がします。

J:それはいい観察眼だね。主人公は芯の強さと強い道徳観を持っていると思う。彼は解決すべきたくさんの問題を抱えていてそれに打ち勝つために挑戦している、そうやって非常に純粋な精神を保ちながら強くなっていったんだ。でも彼は経験から独自のアイデンティティーをゆっくり築き上げていっている。映画の最中彼は他人の判断を問うことと彼自身の本質を信じることを学んでいるんだ。このレコードに僕は「自己」を主に中心とし欲求や要求そして一個人の状況を描くような歌詞があると思うし、これは彼が思い描く人物像だと思う。ミューの歌詞がより幅広い題材のスペクトルを扱っていたり象徴主義的な面を多く持っているのに対してかなりピュアでダイレクトなものだね。やっぱりこれも僕が書いていて楽しいことだし、自分自身の新しい面を感覚的に発見したいからね。

日本国内盤に入るボーナス・トラックも、どれも素晴らしかったです。リミックスをした3組のデンマークのアーティスト、オー・ノー・オノ(Oh No Ono)、ブルー・ファウンデーション(Blue Foundation)、サイロ(Silo)とは友達ですか?

J:うん、彼らと一緒にやれてすごく嬉しいよ! 彼らはみんな長いこと知っているバンドとアーティストで、仲のいい友達なんだ。彼らがどんなことをやってくれるのか見てみたくて、結果みんな僕のことをすごくわかってくれててアルバムに親密感を加えている気がするよ。

最後に、ミューとソロでの今後の予定を教えてもらえますか?

J:ミューでは少し休みを取っている。アルバム『No More Stories』のツアーのあと僕らはみんな、これまで経験してきたことを消化するために、ちょっと休憩が必要だったから。いつ新作が出るかは言えないけど、どんなアルバムを作りたいかを見いだしながら、僕らはそれに向かって構築しているところだよ。僕らにとって新しい物事を切り開き続けることはすごく大切で、それはバンドの基本的なルールでもある。それが早くくればいいと思うし、どんな将来になるのかは僕も楽しみだよ!

2011年12月
質問作成、翻訳、文/吉川裕里子
質問作成協力/伊藤英嗣


Jonas_201112_J.jpg
ヨーナス・ブジェーリ
『スカイスクレイパー』
(Pluk / Sony Music)

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