MARISA MONTE『O Que Voce Quer Saber De Verdade』(EMI)

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MARISA MONTE.jpg 「グローカル(Glocal)」という言葉をよく見るようになったが、それは「グローバル」という世界の均質性と「ローカル」の地域的限定性を折衷させた文脈下で広義として、地球規模の不変性、普遍性へ地域規模での思考を研ぎ澄ませるという意味でありながらも、時折は"Think Global,Act Local"という旧態的なテーゼに収斂されることも多い。社会学者のジグムンド・バウマンの言に依拠すると、「造園」を管理しているのは今は世界側なのか、「猟場」の番人を負っているのは地域限定的なものなのかという断線も見えないことはない。

《髪を解いて 風に靡かせましょう 振り返らないで/あなたの胸の中に 刻んでいる小さな音を聞きましょう/あなたの苦痛を踊らせましょう》
(筆者訳:「O Que Voce Quer Saber De Verdade(あなたが本当に知りたいこと)」)

 弦楽器が優雅に響き、MPBを牽引してきた彼女の美声が柔和に乗り、ピアノやウクレレ、パーカッションが刻む細かいリズムがたおやかに音楽の持つ豊潤さを醸し出す1曲目から持っていかれる景色の先には、70億人に膨れ上がった地球へ、また、ブラジル音楽の地域性も反映した現在進行形の目映さがある。

 Marisa Monte(マリーザ・モンチ)の5年振り、8枚目となる新作『O Que Voce Quer Saber De Verdade』(国内盤の邦題:『あなたが本当に知りたいこと』)が見せる横顔には、伝統と現在の垣根を取り払う意欲に溢れている。06年の『Universo Ao Meu Redor(私のまわりの宇宙)』、『Infinito Particular(私の中の無限)』の二作同時リリースの内容におけるバリエーションの広さと15年振りだった07年の鮮やかな来日公演の記憶も新しく、また、08年のワールド・ツアーを巡ったドキュメンタリーのDVDなど活発な動きやフェイスブックやツイッター、公式ユーチューブの積極的な活用で随時の動向報告や楽曲の試聴を行なってきた速度の中での一つの結実がこの新譜でもあり、5年振りというタイム・スパンは感じない人も多いだろう。また、今作に収められた14曲の粒揃いの楽曲群が彼女の「成熟」を雄弁に物語っている。

 なお、今作では、過去にあったようなアート・リンゼイなどの外部プロデューサーは用いず、彼女との共同プロデュースとしてDadi(ダジ)を迎えている。ダジは、70年代初頭でのノヴァス・バイアーノスでのベーシストで、95年からは彼女のバンドに入り、ツアーにも参加している。また、世界で200万枚以上が売れ、日本でもヒットした02年の彼女とカルリーニョス・ブラウン、アルナルド・アントゥニスとのコラボレーション・グループ Tribalistas(トリバリスタス、アルバムもそのままのセルフ・タイトル)においても彼の名前があったように、彼女のブレインのような存在でもあり、同時に、ベテランとしての頼もしさがあったが、今回はプロデュース・サイドとしてクレジットされている。だからなのか、彼女と彼の長年の付き合いにおける阿吽の呼吸の中で練り込まれた親和的な部分も目立ち、伸びやかで開放感に満ちている。その「開放感」は、録音場所をブラジルのリオやサンパウロのみならず、ブエノスアイレス、ニューヨーク、ロサンゼルスと跨いだのもあるのかもしれない。

 アルバム・リリース前から、既に9曲目に入っている「Ainda Bem(アインダ・ベン)」が世界でパワー・スピンされていたが、メキシコのマリアッチのムードを想わせる興味深い曲であり、PVでのシックな空間をブラジルの屈強な総合格闘家のアンデウソン・シウバと彼女が舞うように踊りを見せるという美しいもので、視覚的な面でもこれまでの彼女のイメージをより刷新していくものだった。リリックもシンプルながらも、普遍的な「あなたに会えてよかった」というラブ・ソングで、その強度も多くの人たちの心を打った。なお、今作にも多くのメンバーが参加しているが、その中でも特筆すべきなのが、Gustavo Santaolalla(グスタボ・サンタオラージャ)だろうか。アルゼンチンの音楽シーンを牽引し、映画『モーターサイクル・ダイアリーズ』、『バベル』、最近では『Biutiful』などの音楽を手掛け、プロデュース・ワークも活発に行なう重鎮。また、ジェシー・ハリスやマニー・マークといった顔も新しい。

 楽曲面でもアルゼンチン・タンゴの「El Panuelito(エル・パヌエリート)」のポルトガル語のヴァージョンであるクラシック「Lencinho Querido(お気に入りのハンカチ)」のカバーに挑み、優美なアレンジメントで今の温度を含めていたり、興味深い。アルバム全体を貫く音楽自体に贅沢な衣装(意匠)を凝らした意味でも、言語(ポルトガル語)の問題を越えて、これは世界中に届けられるべき内容になっているといえる。どの曲も上質だが、個人的には7曲目に入っているトリバリスタスとしての作品で、以前にクッキーシーンでも書いたカルリーニョス・ブラウンの『Diminuto』にも入っていた「Verdade, Uma Ilusao(真実、それは幻想)」のミッシェル・ルグランやミレニアムやアソシエーションなどのソフト・ロックを想わせるような日曜日の晴れた公園での散歩に似合う牧歌的なムードと13曲目の「Seja Feliz(幸福になって)」の3分にも満たない軽快なハミングするように唄い、サンバのリズムも入ってくる曲に魅かれた。何故ならば、今は普段の生活の中で音楽を聴く「行為」そのものの優先順位が下がっている中で、ふと何分かの間だけ視界が切り替わるようなそんな美しさがあるからなのもある。

 「造園」を管理したマリーザ・モンチのローカルな視線はグローバルへと繋ぎ、その「断線」を軽やかに越える。音楽性は違えども、シャーデー辺りの汎世界レベルの愛され方をしているフィメール・アーティストに近似しながらも、成熟と挑戦の間を往来する彼女のこれから、また、今作を踏まえたツアー、ライヴ・パフォーマンスも期待したい。

《幸せになってね あなたの国と/幸せになってね 根を張ることもなく》
(筆者訳:「Seja Feliz(幸福になって)」)

 普段の気忙しい暮らしの中で色んなものに疲れたり、何かを忘れかけた頃に、こういった音楽に触れてみて、ちょっとした憩いを想い出して欲しい作品だと思う。

 

(松浦達)

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