DEATH IN VEGAS『Trans-Love Energies』(Portobello / Love Da / P-Vine)

|

DEATH IN VEGAS.jpg ケミカル・ブラザーズとも交流のある、現在はソロ・ユニットのデス・イン・ヴェガスは97年にファースト・アルバム『Dead Elvis』を発表。99年に発表したセカンド・アルバム『The Contino Sessions』では、ボビー・ギレスピーやジム・リード、ドット・アリソン、イギー・ポップらをゲスト・ヴォーカルとして招いた。3作目『Scorpio Rising』ではリアム・ギャラガーやポール・ウェラー、ホープ・サンドヴァルを招いた。しかし、ただ招いたわけではない。デス・イン・ヴェガスはゲスト・ヴォーカリストのオルタナティヴな側面を発見し、提示することができた。特にリアム・ギャラガーをフィーチャーした「Scorpio Rising」はほんとうに素晴らしかった。リアム本人からも"fuckin' mega"という賛辞を受け、一時期、オアシスのプロデューサーを務める話もあったくらいだ。そして4作目『Satan's Circus』を挟み、オリジナル・アルバムとしては7年振りに発表した5作目『Trans-Love Energies』も面白いことになっている。

 アンディ・ウェザオールを敬愛しているのだからワン・ダヴのような楽曲が含まれていることは予想できたし、トゥー・ローン・スウォーズメンの『From The Double Gone Chapel』を思わせるダークな音楽世界が構築されているだろうことも予想はできた。が、本作では綱渡りしているようなリチャード・フィアレスのつぶやきに近い歌声が、アルバムのジャケットにあるように、楽曲にほんのり光を与えている。つぶやきが光を与えているというのも変な話だが、ツイッターがここまで普及した今、妙に共鳴してしまう。そのつぶやきは鮮明なエレクトロニック音との対比によって濃いものとして頭に降りてくる。

 リチャード・フィアレスがデス・イン・ヴェガス名義で初めて自身の歌声を披露していることには意味がある。「自分でやらないと本当の意味も感情も伝わらない」のだと。本作でもゲスト・ヴォーカルを招いているものの、ほとんどの曲をリチャード・フィアレスが歌っている。それは「自分の声」を自分で届けようとしている意識の表れだ。彼はこれまでゲスト・ヴォーカルのオルタナティヴな側面を次々と発見できた。しかし、今は自分のオルタナティヴを見付けようともがいている。その音は清々しい。

 そばに横たわっているものの中から何かを発見することをオルタナティヴと僕は呼ぶ。アウトサイドに逸れることがオルタナティヴだとして、もしそれが目的化されたらつまらない。音楽に魅了された全てのリスナーは他者との差別化を図るために音楽を聴いているわけではないんだから。「今、持っているものの中から何かを発見し、飛び出そう」「そうすることで新たな価値が生まれてくる」そんな言葉が本作から聞こえてきそうだし、僕はそう言いたい。誰かに新たな側面を発見されるのを待っている場合じゃない。本作で鳴っているのはそういう音だ。

 

(田中喬史)

retweet