SIGUR ROS『Inni』(Krunk / Hostess)

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SIGUR ROS.jpg  今回EMI系列から離脱してリリースされる運びとなった、アイスランドの秘宝シガー・ロス。以前『()』でグラミー賞にノミネートされた点でも世界的に認められたバンドであることは証明されているが、実はその2nd(インディーを含めれば3rd)アルバムは賛否両論だったように思う。筆者はどちらかといえばあまり賛成できなかった部類ではあったのだが、タイトルを聴く者それぞれに自由に付けてもらいたいという意向は斬新であったと同時にその後の彼らの趣向にも納得できるものとなっていった。

『Agaetis Byrjun』(= Good Start)に比べて『()』以降は特別な意味をなさないアルバム・タイトルとなっている。そして今回の『Inni』(インニイ)。"Inside"という意味が大きいが単に"The"という意味もある。後者で受け取ってしまえば今までとさほど変わらず、前者で受け取ればかなり変貌を遂げたものだということがうかがえるのだ。

 今回はバンド史上初のライヴ・アルバムということで、2CD+DVDの豪華版となっている。オープニングを飾るのはシガー・ロスの世界を全世界に初めて見せつけた『Agaetis Byrjun』から一曲。当然のことながら10分を超える大作である。そしてFat Catから限定リリースしたレア・シングル「Ny Batteri」までも収録。さすがシングルにしただけあって、改めていっそう強く印象に残る名曲だ。こんなふうに初期の曲を網羅した編成になっているのはかなり衝撃的だった。

 中盤になるにつれて、近年の曲も混じってくる。『Takk...』あたりからメンバーが結婚したり母国で幸せな生活を手に入れ始め、音にもその幸福感が滲み出るように明るい曲調、強いて言えばメジャー・コードかつミドル~ハイ・トーンを多用した楽曲が目立つようになる。そこには初期の頃に感じた"冷たさ"、"静寂の中から生まれる恐怖と興奮"はなくなっていた。それでも母国の大地を無邪気に駆け回るような"開放感"という新たな魅力が生まれていたのだった。

 後半は、再びダークな曲群が連なっている。3部構成とまでは言えないかもしれないが、徐々に真骨頂を見せてきたのだろう、これが本気の本領発揮した彼らの生き様とでも言うように、筆舌に尽くしがたい"世界"を表現している。その場にいなくても身震いがしてくる程の恍惚感と何かに打ちのめされているような悲壮感と、様々なものが入り交じって聴き手に襲いかかってくる。要するに、怖いのだ。シガー・ロスのライヴは文字通り観客を魅了する。それがこのたった2本のショウだけで存分に感じ取れてしまうのは、いくらキャリアがあるとはいえ出来過ぎではないだろうか。

 シガー・ロスの魅力というのは多々あれど、こうしてライヴを聴くと一番に、静けさと激しさが極端に表現されていることにあると感じる。静かなところは本当に無音に近い程静まり返り、ある種の緊張すらおぼえるのだ。それに対し激しい部分はこれでもかというくらい楽器をかき鳴らし...否、掻きむしり、完成された中で最大限にめちゃくちゃにしてくれる。知っての通りフロントマンのヨンシーはギターをピックや指で弾かず(一部かもしれないが)弦楽器用の弓を用いてプレイする。そうして奏でられる演奏に、ヴォーカルの声はどこまでも透き通り、ときにメインとして歌を歌い、ときにノイズに紛れた唯一の美しさとして際立って聴こえてくる。

 一つ付け加えると、案外誤解されがちな面ではあるが彼らは紛れもなくロック・バンドである。ビョークのように北欧独特の大自然のイメージこそ含まれているが、それでもモグワイやゴッドスピード・ユー! ブラック・エンペラーらと比較されておかしくない轟音ロックを奏でる人たちだ。モグワイがキュレートした今や伝説と化した2000年開催のAll Tomorrow's Partiesにも違和感なく出演していた人たちなのだ。そして特徴的なヨンシーのヴォーカルに評価が高いが、これがインストゥルメンタルでなく「歌」が入っているということが独自のポピュラリティを生み出していると考えられる。

 シガー・ロスが示したかったのは、あくまでいろんな楽器と声を全て含めての音の重ね方だったのではないか。最近でこそ歌詞に力を入れたり英語で歌ってみたりという試みが見られたものの、たとえヨンシーがシンガーとして評価されたとして、その他の楽器はそれをサポートするためにあるわけではないと思うのだ。今はソロ活動も精力的に行なっているが、この音源はそういった活動をする前(2008年)のもので、そこにはバンドとしての一体感が強く感じられる。以前レディオヘッドにサポート・アクトを任されたように、アイスランド語とはいえ「ポップ界」に組み込まれることを本人たちはどう感じていたのだろうか。決して"ポピュラー・ミュージック"ではないこの『Inni』という作品を聴く限り自分たちのやりたいことをしっかり提示しているように思う。だから多くの人々に知ってもらえる利点だけがプラスになり、それ以外の部分ではあくまで我が道を行き、どんな形であれちゃんと聴いて受け入れてもらえないならそれでいいと言えるような自信を感じさせてくれた。

 活動休止宣言から一転、活動再開を発表したシガー・ロス。これからも独自の世界観で新たな音楽を生み出していってほしいと切に願う。

(吉川裕里子)

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