MADEGG「Atul」(Vol.4)

|

Madegg「Atul」.jpg  冒頭からこんなことを書くのもイヤらしいけど、『Players』のレビューで僕はこう書いている。

フライング・ロータスが主宰する《Brainfeeder》周辺の音楽にも通じるビート」

 このおかげで? というわけではないだろうが、なんとマッドエッグは、先日鰻谷燦粋でおこなわれたイベント《Brainfeeder 2》に前座として出演したのだ。「Crawl EP」のレビューでも書いたように、マッドエッグは才能あふれるアーティストだし、《Brainfeeder 2》出演も必然だったといえる。これをキッカケに、世界へ羽ばたいてほしいと思わずにいられない。

 さて、そんなマッドエッグの新作が「Atul」だ。このタイトルは、インドの美術作家アトゥール・ドディヤ(Atul Dodiya)からとったのだろうか? マッドエッグの音楽性は、ドディヤ特有の現実と幻想が混在したような絵画作品を彷彿とさせるし、そう考えても不自然じゃない気が...。まあ、それはともかく、本作はよりアグレッシブになり、フロア志向の曲も収録されている。特に「67 Floor」「Turn Sad」は、ドイツにおけるディープ・ハウス・リヴァイバルとも共振するトラックだ。といっても、そこはマッドエッグ。「67 Floor」は、おもちゃ箱から飛び出したようなノイズに、中盤あたりから交わるトライバルビートがウォブリーなスリル感を演出しているし、キラキラとしたシークエンスが特徴的な「Turn Sad」には、彼のいたずら心が滲み出ている。ビートレスな「Color Tapes」以降は、近年のビート・ミュージックを意識した「Grass」、サイケデリックな香りを漂わせる「Betweens」、海の底に沈んでいくような錯覚に陥る「We Finaly Promiced In The Aquarium」、古のIDMを現代仕様にアップデイトした「Everyone Go To This Mountain」まで、本作におけるマッドエッグは、多面的に感情を表現している。

「Atul」を通して聴くと、自分のなかの古い記憶が呼び起こされる。それは、母親の優しい声で絵本を読み聞かせてもらっていた、幼い頃の記憶と風景。他にも、砂場で友達と遊んでいる時間や、行ったことがない場所へ行く際の不安と好奇心といったものが不意に湧いてくる。そういった意味で「Atul」には、誰もが持っている幼い頃の物語を、成長記録という形で"現在(いま)"から見つめるような感覚さえある。これはある種のコンセプトだと言えなくもないが、そのコンセプトが聴き手の人生経験や個々の感性によって、様々な形に変化するのが面白い。そして、人生経験や個々の感性というフィルターを通して多様性を生み出そうとする点で、ジェームズ・ブレイクザ・フィールドといった才人と同じ方法論を実行しているとも言える。

 日本には、純粋に音楽と向き合い、その絶妙な距離感によって多くの支持を得てきたアーティストがたくさんいる。石野卓球、レイ・ハラカミ、七尾旅人などがそうだ。マッドエッグも、彼らと同じ領域に足を踏み入れつつある。

(近藤真弥)

 

※「Atul」は《Vol.4》のホームページからダウンロードできる。

retweet