JOE HENRY『Reverie』(Anti / Epitaph / Epic Sony)

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JOE HENRY.jpg  例えば、ニューオリンズの別名である(あまり良くない意味だが)"ビッグ・イージー"という言葉に沿えば、トクヴィルが想ったアメリカとは、何かしらの模範的な鎖と朴訥さ、残酷さに繋がれているともいえる可能性も含む。そこで、"ルーツ・ミュージック"を巡っていったときに仮想化されるのは、組織化された連帯としてのネーションなのか、それとも、慈恵の関係性の中で浮かび上がるフォークロア、トラディショナルとしての陽のあたる家なのか、考えるとき、複雑な気持ちが去来する。

 そこで、今、アメリカの"良心"と呼ぶことができるシンガーソングライターは、コナー・オバーストか、いや、ベイルートか、やはりノーベル文学賞に最も近いと言われる重鎮であるボブ・ディランか、多種多様な意見が出ると思うが、現時点で、ジョー・ヘンリーの存在を挙げる人は少なくないだろう。

 鑑みるに、オーネット・コールマンやミシェル・ンデゲオチェロ等が参加した暗鬱なフィルム・ノワールを彷彿させる詩情が詰め込まれた01年の『Scar』以降、00年代の躍進は目まぐるしかった。ジャズ的ではあるのだが、ブルージーな質感とダウン・トゥ・アースなボトムを重視した土臭い音風景の題材に選ばれた、黒人アーティストのリチャード・ブライアーというモティーフの断片―。その時点で、彼自身はデビューから15年を経ていたのだが、『Scar』は、確かなメルクマールになった。そして、R&Bのレジェンドといえるソロモン・パークの02年作『Don't Give Up On Me』のプロデュース、03年のレイモンド・チャンドラーの短篇集を想わせる高みまで到達した、03年の『Tiny Voices』においては、日本盤化されたのもあり、仄かなダークネス、エレガントな馨りには、世界のみならず、多くの日本のリスナーの心も掴むことになった。

 その後、ジャズ、R&Bに対しての意識をどんどん高め、ブルーズ、R&B、カントリー系のアーティストのプロデュース・ワークにも積極的に関わっていきながらも、"黒い音楽"に限りなく敬意を表し、自らの音楽性も"深化"させていった。例えば、アラン・トゥーサン、ランブリン・ジャック・エリオットでのワークスで魅せた手腕も記憶に新しいことだろう。自身の05年の『Civilians』では、ビル・フリゼール、ヴァン・ダイク・パークスの参加も功を奏し、ナイトクラブが似合うような、更に新しい世界観を手に入れた。09年のどっしりとしたブルーズ・アルバム『Blood From Stars』を踏まえ、約2年振りで届けられた彼の通算12作目となる『Reverie』の手応えは、これまでの彼の「重さ」を厭っていた人でも、気軽に暖簾を潜れるような健やかさもありながらも、長いキャリアの中で培われた土着性が滲み出ている奇妙な内容になっている。

『Reverie』では、これまでのようなジャジー、R&Bの要素は控え目であり、フォーキーであり、シンプルなサウンドに統一されながらも、歌詞は独自のリリシズムに溢れてはいるが、"抑制の美"と"弛緩の優雅さ"の狭間を往来している。全編を通じて、アコースティックな音の質感が通底しているのは、カリフォルニアの彼の家の地下室で、ベースのデイヴィッド・ピルチ、ピアノのキーファス・シアンシア、ドラムスのジェイ・ベルローズという基本、馴染みのメンバーで一気に3日間のセッションで録音したという事実に帰結してくるからかもしれない。"風通しの良さ"が、今までになくあるが、その風通しの良さは曲の中途で聞こえる鳥の鳴き声、外の音がフラットに「入っている」というラフさにも表れている。慮るに、彼は"凝る"アーティスト気質であるからして、今回はただ、そのままに"呼吸"をするように、当たり前に、"生活"するように音を密封して届けたかったのだろうと思う。しかし、その風通しの良さに彼の"声"が乗った途端、一気に叙情が倍加するのも面白い。

 いつの時代のサウンドなのか、とつい想ってしまうほど、現代的なサウンド・ワークではないが、逆に「時代を越える(タイムレス)」耐久性を得るのは、こういう作品ではないか、とも考えさせられる。マーク・リボーのギターやウクレレ、ダブリンのフィメール・シンガーソングライター、リサ・ハニガンのコーラスも効果的に入ってきながらも、際立つのは何よりもメロディーと彼の声、そして、歌詞世界の相変わらずの叙情性だったりもする。

 特筆すべきは、3曲目の「After The War」における流麗さ、9曲目の「Piano Furnace」でのスムースな雰囲気だろうか。これまで以上に、全曲をサラっと聴き通すことが出来るジョー・ヘンリーの作品という意味では示唆深いが、00年代を通して、ブルーズ、R&Bへの"重み"を追求してきた彼が10年代に入り、こういった一筆書きのように新作を上梓してきたというのは意味があると思う。過度に詰め込む情報量や歴史的背景よりも、自然の流れに沿うままに音楽を奏でる―それは、現代において、柔和に空気を揺らすのではないか、そんな気がする。

 揺れた空気越しに、音楽はまだ活き続ける。

(松浦達)

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