HENNING SCHMIEDT『Spazieren』(Flau)

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HENNING SCHMIEDT.jpg  ドイツから《Flau》へ届けられた、ポスト・クラシカルなピアニスト、ヘニング・シュミートによる3枚目のフル・アルバム。「暑い夏を部屋の中で快適に過ごすための音楽」である第1作、「朝食前の雲を描いた音楽」である第2作と、コンセプトに従ったアルバムが続き、本盤もまた「雨が止んだ後の散歩」というテーマが設けられている。短いメロディをそのまま丁寧に閉じ込めたような、短編的で叙情的な作品となっており、収録時間54分に対し曲数は29曲に及ぶ。ポスト・クラシカルという言葉が放つ暗然とした物淋しさとは無縁であり、暖かい春の陽気の下で木立の中を歩くような、静閑でありながらも浮足立つような、心地よい平穏さが滲み出ており、晴れやかな心模様で散歩をしている情景が目に浮かぶ。

 まず曲名がとても素敵だ。「雨が止んで」という1曲目から始まり、「散歩向けの靴」を履いて「森の中」へ足を運んでいく。「昔訪れた湖」と「広大な牧草地」を経て、「古い庭園と古木」や「朽ちた門」を通り抜けたら「小休憩」が待っている。最後は「我が家」の家路へつく、という王道ながらも清々しい道筋を辿る。アルバムの後半から、徐々に余韻を残すメロディへと移り変わっていくピアノの音色が、ただただ美しい。

 前作までと比べ、プレイ・スタイルが大きく変化している。淡々としていて起伏に乏しく、メロディよりはリズムの配置に近い、いわゆるポスト・クラシカルを象徴するような前作までとは鮮明に異なる。本盤のピアノは演奏に仄かな変化が設けられ、美しいメロディが小気味よく跳ねるようになった。それは、これまでのテーマがナイーブでノスタルジックであったのに対し、本盤がポジティブで陽気なテーマに従ったためであろう。曲名やアート・ワーク、PVなどで世界観を統一したり、物語を付与したりすることは多いが、そのためにプレイ・スタイルまでも明確に変容させることは珍しいと思う。自分のスタイルを貫く、という姿勢ではなく、アルバムのテーマに自分が殉じているようにも感じ取れ、これこそ正にロックやポップでは楽しめない特別な渋みであろう。それでも尚、エレクトロニカ出身のアーティストがピアノソロを演奏したアルバムなどとは似て非なる、上質な響きを実らせている。

 しかしながらこのアルバムは、一歩踏み外せばイージー・リスニングにもなりかねないほどに、ちょっと心地良過ぎる。ここまで快適で眠気を誘う柔らかさを保つポスト・クラシカルは、心無い人達に無責任な批判をされかねない。素直で上質な作品でありながらも、意欲的で際どい作品。朴訥な音楽が好きな私としては、文句無しに高評価。

 

(楓屋)

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