菊地成孔DCPRG 『Alter War In Tokyo』 (Impulse! / Universal)

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菊地成孔DCPRG.jpg  まず、彼の7月27日の日記「impulse! との契約に際して」から引用させて頂く。

「(筆者注釈:6月6日の)リキッドのライブ盤が世界に出る事に成る。なのでオレはまず、久しぶりでリキッドのマルチを一通り全部聞き(今までのライブ配信は、ミックスにすら立ち会わず、無編集だった)、それから膨大な時間をかけて、トラック別に全部聴きなおした。その結果、リキッドのライブが、ライブ会場での盛り上がりとは裏腹に、結構ダメな演奏である事が解り、悲しむというより、青くなった。これはマズい。これはインターナショナルデビュー盤というより、マイルスのダメなときのブートというに相応しい。(中略)編集は困難を極め、何とか使える所だけを繋き...」
 
  以前、クッキーシーンにて、「デート・コース・ペンタゴン・ロイヤル・ガーデン、三年振りの活動再開に寄せて」 という記事を書かせてもらったので興味がある方は、それを読んで欲しいと思うが、新生DCPRG(※以下、デート・コース・ペンタゴン・ロイヤル・ガーデンはDCPRGと記す。)は、少しずつギアを上げてゆくようにライヴ活動やライヴ音源の配信をしながら、遂には(今でこそだが)ジャズの名門中の名門であるレーベルの《インパルス》と契約を結び、初マテリアルとしてこの2枚組のライヴ盤をリリースすることになった。

  菊地成孔という00年代を饒舌に且つ周到に本質と意味を避けながら、ドーナツの真ん中だけを食べるように、ドライヴしたイコンを語る為には長い文脈を要する(また、本人が一番、多く語っているのもある)。アメリカの小説家のトム・ウルフの言葉を借りるならば、「自己という概念-自分自身に規律を課しつつも、喜びを先送りし、性欲を抑え、攻撃や犯罪行為を思い留まるという自己-学習、練習、慎み、大きな障害に対峙しても諦めない拘り」に対して、ブートストラップでフックアップして、賢さと根性を通じた「成功」という古びた概念は次第に薄れつつある、という意味では、彼は成功者であり、敗者として在る。執筆家としての過剰なまでのテクスト量、ジャズメンとしてのスキゾな捩れ、そして、アカデミック分野への参入、映画、プロレス、ファッション、グルメなどの領域についても踏み込み、もはや、見護る周囲が彼を通じて視えたその先の景色とは、「自己という古びた概念」及び「ベタな成功の道筋への概念」を焼却したものだったとしたら、00年代という時代のサブ(カウンター)・カルチャー(死語に近いが)とはマクロな意味で、あったのか、なかったのか、という話に帰結するが、神話解体の意味で言えば、まだ幸せな時代だったのだとは思う。何故ならば、9.11以降の流れを汲みながら、一気にSNSや高度ネットワーク化が進み、仮想内としても繋がることは出来るようになり、日本では「失われた10年」が、更に10年積み上げられたのにも関わらず、まだ時間差で牧歌的に小文字の詐術性にもメタに乗ることが出来ていたという意味でも。「本質」を抉ることよりも、視角の新しさ、それがあれば、日常を愉しくやり過ごせるのではないか、そういう意味では、菊地氏のコンセプト立てと導線引きは巧妙であったし、そこへの過剰なまでのテクストと文脈の敷き方、招待状、レスポンスはもしかしたら、「もっと世界は広いのではないか?」という錯覚的な陶酔を各々の心理内に埋め込んだ。そして、10年代、言わずもがな、「見えない戦時下」に入り、DCPRGは再起動をし始めることになり、菊地氏は宇多田ヒカルのプロデュース、ホット・ハウス、K-POPのマッシュアップなどハイブロウとポップ・カルチャーへの域内の滞在時間が多くなり、ポピュラリティの母数が更に膨らんだのと同時に、厳しい周囲の審美眼の中で、00年代には少ない数は居ただろう「敢えて―」ではなく、「ベタ」にアディクトしてみてもいいかもしれない、という新規参入者も増えているとも感じる。彼には、「物語」は無いが、アラン・ギバードの言葉でいえば、「心理エンジニア」としての役割は巧みだ。そのエンジニアリングで、微調整された制御された行動や欲望が解放へ繋がる気分になる、という、その「気分」が大事なのだろうか。蒸発、気化するものだとしても。ポスト・フォーディズムの効率化が極まった中での、彼の非効率的なエネルギー機関としての意味は大きいとは思う。ただ、10年代は、00年代と違い、明らかにパラダイムは変わっていくことだろうし、既に変わっている兆候があるのも事実だ。

"The New Wave Of Jazz Is On Impulse!"というのが元来のスローガンの《インパルス》の60年代を想い返してみると、いずれはCTIのオーナーとして成功を為すクリード・テーラーが立ち上げたという奇妙な脈絡を汲まずとも、フリーキーでアシッドだった。テーラーはすぐに抜け、後を継いだボブ・シールとジョン・コルトレーンの蜜月の季節。その熱気を受けながら、民族音楽の要素が混じったり、スウィング・ジャズ、型式よりも実験性にシフトを置いた動きのカオスは、その後は、数多のレーベルそのものの困難の歴史(※現在は、ユニヴァーサル傘下の《ヴァ―ヴ》の一部)がありながらも、現代にはまた、過去のカタログの再販のみならず、ヨーロピアン・クラブ・ジャズの旗手のニコラ・コンテも属することになるなど、違ったうねりも生まれてきている。

  そこで、《インパルス》とDCPRGのタッグで、グローバル・リリースされるこの『Alter War In Tokyo』だが、冒頭の日記にて菊地氏自身が言及している通り、かなり後でのエディット、編集作業に気を揉んだであろう内容になっており、ライヴの演奏そのもののパッショネイトな部分よりも、その編集面での巧みさとコンパクトさがDCPRGの特異性に対しての再像化を結び合わせている。それぞれの違うリズム・パターンとBPM、拍数の同時進行といったエレクトリック・マイルス時期の音をビッグ・バンド形式として、現代に蘇生させるという試みよりは、テオ・マセロ的なハサミの入れ方に意識を向けるべきだろう。この日のライヴでは、アート・リンゼイがゲストとして参加していたが、そのリンゼイのギターが特に突出はしない形で、DCPRG全体が放つライヴの場所でこそ放つカオティックな音の熱を瞬間パッケージングとしたというよりは、「加工・精製」に苦労した印象がやはり強い。

  初期を通じて、DCPRGの名刺代わりの曲であった「Catch22」のあのポリリズミックに雪崩れるようにバラバラに各楽器が鳴りながらも、昂揚してゆくグルーヴもこのライヴ盤越しには伝わり辛い(それを感じたい人は、メンバー構成は違うものの、03年のライヴ盤の『Musical From Chaos』のディスク1を聴くと良いかもしれない。)。第二期DCPRGのユーフォリックな「Structure I La Structure De La Magie Moderne / 構造 I(現代呪術の構造)」も箱庭感がある。2枚目のラストの「Mirror Balls」の大団円に収斂する感じは美しいと思う。

 菊地成孔DCPRG(契約上だろうが、今はこういう名称になっている。)としての大きなスタートのフィジカル音源としては、正直、厳しいものはある。ただ、この後に控えるオリジナル・スタジオ録音盤には期待はしたい。昨年の京都のボロ・フェスタで「体感」した、彼らの音は十二分に強度を持っていただけに、ポテンシャルが確かな音源としてパッケージングされるのを望んでいるのもあり、イコンとしての菊地成孔はもう「過ぎた」かもしれないとしても、DCPRGという組織体の音は今、必要だと思う。

(松浦達)

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