A JOURNEY DOWN THE WELL「How Little Can Be The Orchestra EP」(Fluttery)

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A JOURNEY DOWN THE WELL.jpg  通常クラシック・ミュージックと言えば作曲家と演奏家に分かれるのが常だが、このアーティストは自ら曲を作り、自ら演奏している。一言で言えば"モダン・クラシック"と称されるジャンルに属する音楽のようだ。だが普段我々が聴いているロックなどの音楽にもストリングスは意外と多用されており、今やその境目は曖昧になっているように感じる。

 2006年に結成され、トルコ出身のメンバー1人とスウェーデン出身のメンバー2人によって構成されている彼ら。本格的なクラシックならタイトルにも意味があるものだが、この作品ではEPのタイトルの単語を4つに分けて4曲収録するという珍しい試みをしている。中世ドイツに要約されるクラシックという音楽は、練習曲から様々なテーマをタイトルに掲げて1つの曲やシリーズなどで作られてきたものが大きい。だがそれも今では様々な進化を遂げ、コンテンポラリーなどのジャンルなどでめざましい音楽を今尚世に送り出し続けているのが現状だ。そんな中、敢えてコンテンポラリーの実験性に頼らず"モダン・クラシック"を奏でている彼らは逆に新鮮であり、ある意味この方が斬新な音楽に聴こえてくるのが不思議だ。

 ストリングス(ヴァイオリンやチェロ)を主体とし、そこにピアノやサンプリング風の音やノイズ音を混ぜ、美しく協和しながらもSilver Mt. Zionのような憂いを感じさせてくれる。歌のない音楽に不可欠な情緒をその洗練された旋律によって聴かせてくれるほか、本格派クラシックとして演奏もかなり上手で、音の強弱で更なる自由な表現を見せており、大袈裟に言ってしまえば近代におけるクラシックの在り方を提示しているとも考えられる。

 大まかに見てロシアのピアニスト、セルゲイ・ラフマニノフ以降のシーンは中世の例えば古い町並みの景色や古い自然を思わせるそんな情景をテーマにはしていない。もちろん自分で作曲し自分で演奏するという人も増えてきている。彼らの音楽において思い起こさせるのは現代を生きる人々であったり、ここではタイトルの通り3人という小さな集団が如何にしてオーケストラに成り得るのかの挑戦でもあり、多少の実験性を伴いながら(まるでそれはビーチ・ボーイズの『ペット・サウンズ』のように)アンチ・テキスト・フォー・スクールの姿勢で人々の感情に訴えかけるある種の暗さを持っている。それはGY!BE関連にとどまらず、1/4 StickのRachel'sにも通じるところがあるだろう。彼らが示しているのは「今」なのだ。そして言葉を持たないという意味では英語圏でないヨーロッパは苦労が少ないのかもしれないが、ポップ産業がある以上"モダン・クラシック"をプレイしていくのはかなりニッチなジャンルだと言わざるを得ない。

 しかし「教科書に絶対に載らないクラシック」が何なのか、少しでも興味を持ってもらえたならこれを入門編の一枚として挙げたいと思う。たった4曲の中に詰め込まれた多くの要素、21世紀に入って届けられた異端的作品、これらをもっと多くの人々に一聴していただきたいと願っている。個人的にはアート・アニメーション作家のユーリ・ノルシュテインの作品『四季』(これはチャイコフスキーの音楽を用いているが)及びその他の作品(ソビエト生まれでロシアへの国の変革と葛藤を表している)の、小さな幸せと殺伐とした日々を描いたフィルムにも似合うのではないかと想像をかき立てられる作品だ。未だ中世の趣があるとされるチェコでも、最近の作品は昔に比べてだいぶ近代化している。そんな"モダン・クラシック"をこれを機に聴いてみては如何だろうか。きっと新たな発見があるに違いない。

(吉川裕里子)

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