映画『ミッション:8ミニッツ』(ウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパン)

|

『ミッション 8ミニッツ』.jpg  あなた、日々得た情報を自分の言葉として話せる自信はありますか? 自分の好きな事柄に関することを掘り下げどんなに語ったとしても、それが自らの価値観を通したものでなければ、なんら響くことのない退屈な"独り言"に過ぎない。知識という"筋力"でもってなにかを語るのは、実はそう難しいことじゃない。情報過多な現代においては尚更だ。しかし、こうしたデータベースを元にしたコミュニケーションや議論は、そろそろ限界にきている。もはやこれらの多くは、自分の感性や嗅覚に自信がない臆病者の遠吠えだ。

『ミッション:8ミニッツ』は、『月に囚われた男』で話題を集めたダンカン・ジョーンズが監督を務めている。彼がデヴィッド・ボウイの息子だというのも多くの人に知られているだろう。シカゴで全乗客が死亡する列車爆破事件が発生し、その犯人探しのための極秘ミッションに米軍エリートのスティーブンスが選ばれ、彼は犯人捜しをはじめる。この犯人探しの方法が変わっていて、事故で犠牲になった人の事件発生8分前の意識に入り込み、その人物として犯人を見つけだすというもの。しかし8分後には必ず爆破が起こり、そのたびに意識は元のスティーブンスの体に戻ってしまう。この繰り返しに身を置くなかで、スティーブンスは極秘ミッションに対し疑問を抱いていくというのが大まかなストーリーだ。『月に囚われた男』同様今回も70、80年代SF映画の要素が色濃く出ていて、人間性を中心に置いた作りもダンカン・ジョーンズならでは。J・G・バラード、ウィリアム・ギブスン、キューブリックなど、キャッチ・コピーにもある"映画通"ならば、あれもこれもと指摘できるような場面が多数存在する。

 だが面白いのは、"映画通"が喜びそうな伏線を張り巡らせておきながら、最後の最後でそのすべてをひっくり返し、見事に"映画通"を裏切るようなラストになっている点だ。そういう意味では、「映画通ほどダマされる」というキャッチ・コピーもあながちウソじゃない。公開中なのでネタバレは避けるが、とりあえず"世界が創造される"とだけ言っておこう。そして、この"世界が創造される"ラストによって、僕は本作のメッセージを受けることができたのだ。

 列車爆破事件というテロや、そのテロを仕掛けた犯人の動機は9・11を想起させるものだし、話が進むにつれて明らかになるスティーブンスが置かれている状況は、反戦に対する暗喩とも受けとれるが、攻撃的な皮肉などはなく、むしろ優しく励ますような穏やかさがある。それは、過去を受け入れ前向きに生きることでしか未来は訪れないし、過去を生かすこともできないという達観に近い強さだ。最後の転送を得て達成したことをメタファーとした"生かす"も、人によっては楽観的すぎるとの声もありそうだが、希望に満ちあふれていることだけは確か。

 スティーブンスが辿りついた結末は、理屈や理性では届かないものだ。自らが望む結果を得られる"かもしれない"という不安を抱きながら最後の転送をし、彼にとって最高の結末に挑戦する。あれは一種のギャンブルに近いものだったと思う。劇中には最高の結末を約束する伏線は見られなかったし(転送シーンで近いものは見受けられるが、"成功"を約束するものではない)、まあ、だから強引すぎるなんて言われたりもするんだろうけど。でも、ここまで知識や情報が役立たずになるような映画はそうそうない。あのラストやグッドウィルへのメールなんて、事前に予想したとしても、映画に詳しくない人ほどたどり着ける予想だろう。観客には、知識と情報を捨てることが求められる映画だ。

「空想は知識より重要である。知識には限界がある。想像力は世界を包み込む」

 これはアインシュタインの言葉だが、『ミッション:8ミニッツ』もこれと似たようなメッセージを発している。いまや知識とそれを集める足だけでは、差別化を計るのが不可能になってきている。そこらの大卒なんかよりよっぽど知識を蓄えたガキなんてそこらじゅうにいるし、蓄えたものを人に伝える手段も豊富だ。こうした状況が"ネット"という一定の抑止力を持つ世論を生み出し、ポジティヴな働きをしたこともあった。マスなどによる特権性や囲い込みから解放された"知識"や"情報"の流動化はアンフェアな情報格差を少なくし、マスの存在価値を揺るがすまでになった。しかし、これらの過程を得るなかで、"知識"や"情報"はふたたび"権力"となってしまった。このことによって、多くの人が裏も取らずに"情報"を盲信するようになったし、場合によってはその"情報"によって殺される、つまり自ら命を絶ってしまうことだってある。そんなの馬鹿馬鹿しい。

 スティーブンスは何度も死ぬ。8分過ぎると元の体に意識が戻り苦痛を味わうが、無情にも転送は繰り返される。そのなかで彼なりに知識や情報を蓄え、徐々に"8分間"の状況も変わっていく。それによって成果も生まれるが、前述したようにスティーブンスは"かもしれない"という不安を抱えながら、最高の結末に挑戦する。それは、彼のなかにある"想像"が希望をもたらしたからできることだ。もしかしたら、現代において"想像力"は、強力なオルタナティヴになりつつあるのかもしれない。そんなことを、『ミッション:8ミニッツ』は思わせてくれる。

(近藤真弥)

 

retweet