歌詞対訳の扉:その3:ファウンテインズ・オブ・ウェイン&アークティック・モンキーズ

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オトトイの歌詞対訳講座、6月のテーマは「80年代を代表するバンド」トーキング・ヘッズ&ニュー・オーダー、7月は「90年代を代表するバンド」ペイヴメント&オアシスだったんですが、それらは伊藤が(日本盤CDのために)過去おこなった対訳をお見せしつつ、それをもとに進めていきました。

そして8月は、「00年代を代表するバンド」ファウンテインズ・オブ・ウェイン&アークティック・モンキーズ! 意外に見すごされている気もしますが、どちらも歌詞が(歌詞も)最高に素晴らしいんですよね。

「友だちのお母さんに恋しちゃった小学生(くらいの男の子)」について歌った「Stacy's Mom」、全然コーヒー持ってこないデニーズ...いや、ハリーズのバイトに文句たらたらの「Halley's Waitress」(ちなみにこの「店名」、「数十年に一度しか地球に接近しないハレー彗星にかけたもの」だと作者のクリスに以前聞いて、さらに大笑い!)など、ふざけた歌詞もたくさんあります。だけど、どれもどこかピンとくる。妙に共感できる。

そんな歌詞のひとつが、これです!

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「Strapped for Cash」

えっと あれは土曜の夜 キッチンで
スペイン放送のオネエちゃん達を品定めしていたら
ムショがえりのポールから電話がきて
奴は言う なあ よく聞けよ 何か足りないものがあるんだけどな
俺は返す 取り掛かってるところだよ マジで すぐだって
数日中に金はおまえのものさ オーケー?

ちょっと現金がないだけ
深く考えるなよ ベイビー 時間をくれよ
ほんの少し金が足りないだけ
マジに一時的なことだから 心配するなって
現金がないのさ

そういうことで 馬で一儲けしようと西に出向いたのに
馬たち一頭残らず顔からコケやがって
タージマハルでも散々だったさ
ツキの無さとただ酒のせいだな
それで今は身を潜めてる わかるだろ? 目立たないようにしてるのさ
しかし あとどのくらい 奴の電話をかわせるかわかんねぇな

言ってるだろ
ちょっと金がないだけだ
俺が おまえにそんなことするはずないだろ?
現金が足りないのさ
ほんの少しだけ時間をくれよ ちゃんと返すって
なあ
現金がないんだ
金がない

6人組のボディビルダーがフォードのピントに乗ってやってきた
次の瞬間 奴らが窓から乗り込んでくるのがわかる
おまえを待たせるのは嫌なんだ 今は大変な時だってわかるしさ
で VISAとMASTERカードだったらどっちがいい?

というのは 少しばかり現金が足りなくてさ
くつろいでてよ すぐに戻ってくるから
ちょっと金がないだけなんだ
心臓発作おこすほどのことじゃないよ

(対訳:小口瑞恵)

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うう、ひとごとじゃない...(汗)。

そして、アークティック・モンキーズ。講座では、歌詞を通して「彼らの姿勢の特殊性」について研究しましたが、彼らのファースト・アルバムは(アラン・シリトーの小説からタイトルをひっぱってきただけあって)、「ストーリー集」としても絶品!

たとえば「When The Sun Goes Down」は、悪辣な「ポン引き(売春婦のもとじめ)」について歌われたもの。この曲をテーマにした短編映画『Scummy Man』で、それが見事に描かれていました。

ただ、歌詞だけを見ても、それが「ポン引き」について歌われたものだとはっきりわからない...というわけではない!

この歌詞には《And he told Roxanne to put on her red light》という一節があります。「ポップ・ミュージック中毒者」であればご存知のとおり、ポリスに「Roxanne」という曲があります、その曲は「(ロクサーヌという)売春婦に向かって歌いかけている」ものだと言われているんですが、こんな一節で始まっています。《Roxanne, You don't have to put on the red light》。まあ、その曲を知らないと、このフックの意味はわからないんですが...。

セカンド・アルバムでは、デュラン・デュランの「Save A Prayer」の一節を歌いこんだ曲もありましたが、彼らは本当に「ポップ・ミュージックが好き」なんだと思います。よりロックンロール的なノリで。

先述の「姿勢」というのも、結局そういうこと。そして、それをあまりに見事に現したのが「A Certain Romance」。以前インタヴューしたとき、作者のアレックスは、(ファースト・アルバムでは)大抵の曲がなんらかのストーリーを持っているけれど、この曲だけは違ってもっと抽象的...と言っていました。

「A Certain Romance」の冒頭では、こんなことが歌われています。《そいつらはクラシック・リーボックを履いているかもしれない/やたら古いコンヴァースとか/すそのしまったジャージの裾を靴下に入れてるかもね/だけど俺が言いたいのはそんなことじゃない/重要なのは、このあたりにロマンスなんかありはしないってこと》。いかにも「地方都市」という感じの風景ではないでしょうか?

そして、この一節。《やつらに言ってみる?/その気になったら、一晩中やつらに力説してみようか/だけど、やつらは聞きやしない/だって、やつらはもう考えが凝りかたまってるし/ああいうふうにやっていけば まあそれでいい、と思ってるから》。

たとえばストーン・ローゼズの『I Am The Resurrection』、そしてオアシスの『Live Forever』。それぞれ80年代と90年代を代表する名曲ですが、これらには明らかに「やつら対俺たち」という構図が見てとれます。この曲にも、明らかにそれがある。そんな対立項がはっきり現れているのが、次の一節です。《あいつらは本当にどうかしてる/新しい曲があっても、それを「着うた」にすることしか興味がない/シャーロック・ホームズじゃなくてもわかるだろう/だけど俺たちの仲間がいる、このあたりは、ちょっと違うんだよ》。

さらには、こんな一節も...。《そうじゃない!/どうして俺の好きなようにさせてくれないんだ/こんなんじゃ どうしようもない/いやだ、俺はあんなふうには生きたくない!/絶対にいやだ!》

以前は、これを必ずライヴの最後にやって、アンコールなしで去っていった彼ら。限りない共感をこめつつ、涙が出るほどかっこよすぎ! と思います。

この回は、以上です!

2011年11月8日21時28分(修正版アップ)(HI)

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