MY VIOLAINE MORNING 『The Next Episode Of This World』(Happy Prince)

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MY VIOLAINE MORNINGjpg.jpg  不思議と、何度も聴いていくうちに惹かれていく作品だ。バンドとしての音楽のルーツは明らかなのに、彼ら自身をカテゴライズすることは不要であることのように思えた。それは無理矢理オリジナリティを打ち出そうという類のものではなく、むしろ真逆である。シーンとは関係なく、自身の好きな音楽を信じて、そして自身の出す音を信じているからだと思う。マイ・ヴァイオレイン・モーニングは、インドネシアで2004年に結成された4人組であり、EPが2枚発表されており(今作で大半が収録されている)、フル・アルバムとしては初の作品となる。

 音のひとつひとつをかいつまんでみると、コーラス、ディレイなどのギターのサウンド・メイキングはシューゲイザーの影響下にあり、リズム隊とウワモノの絡みはポスト・ロックを通過したバンドのそれでもあると言える。実際、バンドのバイオグラフィーが詳細に記されている彼らのfacebookによれば、結成時のマイ・ブラッデイ・ヴァレンタインや、ライドなどといったバンドから、キャリアを重ねるにつれてシガー・ロス、ゴッド・イズ・アストロノート、日本ではトーなどが影響を受けたバンドとして挙げられている。しかし、今作を通して聴いてみると、それらのバンドの音はあくまで、バンドを構成する「要素」に過ぎず、意外なまでに特定のバンドを想起させないことに気付く(微笑ましいと取るかは受け手次第だが、フレーズやサウンドメイキングで、明らかに特定のバンドを想起させてしまうバンドはこの手のジャンルは特に多いと思う)。

 これまでの歩みを総括したフル・アルバムでもあるため、若干の曲毎の音楽性のばらつきがあるが、それを引き締めているのは全編を通して漂うノスタルジアである。空間系の音が好きな奏者ならば思わずコピーしてみたくなるような、清涼感と切なさを併せ持つクリーン・トーンのアルペジオを中心に、曲の輪郭を際立たせる表情豊かなドラムが入り、時折入る激しいディストーションやシンセは静かに感情を増幅させる。そこには、自分の信じた音楽と、これから自ら歩む道に殉ずる者が作り出す、先駆者とはまた別の新しい白昼夢が確かに存在する。

 彼らが冠した作品のタイトルに触発されて、少々大仰な言い方になってしまったか...。既出の2枚のEPのタイトルは「Where's My Place To Play」「Old Habits + New Technology」、そして今作が『The Next Episode of This World』。バンドの歩む「意志」を感じさせ、それを見事に言い当てている素晴らしいタイトルではないだろうか。何となく、泣けてくる。

(藤田聡)

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