COLDPLAY「Paradise」Teaser Single(EMI Music Japan)

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COLDPLAY.jpg  ジャン・フランソワ=リオタールは、知識人の終焉、大きな物語の終焉という言葉で物議を醸し、そのままいわゆる、ポストモダニズムと呼ばれる「細部に神は宿る」というのに繋がる訳だが、実際、何が終わったのかというと、何も終わらなかった。正当化されていたはずの「正史」というものは、本当は「偽史」で成立していたのではないか、ということに対して自覚的になればいいのではどうだろうか、という提言であり、並列して、物質主義の先進化が進み、個々の心理が容易にショートカットされてしまうことへの警鐘でもあった「だけ」なのだろう。

 00年代に、ロック・バンドとしては、もっとも売れ、重要な存在になったかもしれないコールドプレイというバンドの野暮ったさとはつまり、大文字の懊悩が個々の「正当化」を補強する不安のために機能した印象を個人的には受ける。00年、最初のアルバム『Parachutes』とは後々、奇遇にも、そのタイトル通り、00年代の緩やかな「降下」時代の救命用具を意味してしまうことになってもしまったが、80年代のエコー・アンド・ザ・バニーメン、ザ・キュアーに並ぶような、線の細いニューウェイヴの音をヴァ―ス・コーラス・ヴァースの叙情性でコーティングした、要は「よくあるUKの1バンド」という印象があり、キーンのささやかさ、トラッドへの目配せがあったトラヴィス辺りと括られていたが、「Yellow」や「Trouble」に代表される曲の「良さ」はあったものの、当時、来日した時のライヴでは、間延びした気怠いパフォーマンスだったのもよく憶えている。

「大きな物語」とは、要はモダン内でのものであり、つまり時間軸を歪ませた退避ともいえるとしたなら、02年に『Parachutes』が米グラミー賞、最優秀オルタナティヴ・ミュージック・アルバムを取ったというのは皮肉だった。「最優秀」と「オルタナティヴ」 ― それが共存するということ自体、違和があるが、それが尚且つコールドプレイ「だった」ということ。この事柄が、その後の肥大してゆく過程を確約したのかもしれない。

 02年のセカンド・アルバム『A Rush Of Blood To The Head』の周囲の期待値と値踏みはおそらく、「オルタナティヴとは、実は無縁な人たち」に依って成り立っていた偽史があるとしたら(あるかもしれない、「正史」ではコールドプレイとは00年代を代表するバンドと刻印されるだろう)、そのセカンド・アルバムのリード・シングルでのU2の「One」のような大きなスケールのバラッド「In My Place」で、一気に飛翔した高みとは、とても低地だった。「低地」というのは、フラットに地に足を付けている「集」の場所ということで、個の最大公約数ではなく、より仮設された避難所のような意味を用意する。そこで、《How Long Must You Pay For It(いつになれば許されるんだろう)》と朗々と歌い上げ、最後に《I Was Lost(自分を見失った)》と締めるクリス・マーティンの肥えた観念とは「MY PLACE」を実は、持っている人にこそ響いたのではないだろうか。そして、世界中でその分かり易さとイメージは回収されてゆき、避難(非難)した人たちで桁違いのセールス(現在で約1,400万枚)を結んだ。

 コールドプレイの世界観は基本、シンプルだ。「僕のどうにもならなさ」、「君が居てくれることの大きさ」、「終わりなき旅路」、「太陽や雲といった自然への接近」―誰しもが心当たり、通底しているであろう「人生」内の人間の感情のスペクトルを大きく切り取る。だからこそ、様々な国境、人種を越えて「自分のことを歌われている」という錯妄も実感として、鳴り響く。

 05年の『X&Y』はその点、難しいアルバムになってしまった。役割期待に忠実に応えるために、しかも、クリス・マーティンが「何の意味もないが、何だかよく分からないもの ― つまり、人間の感情について、などに対する答え」というアルバム・タイトルの記号性の通り、決して難解ではないが、抽象的な歌詞世界は膨らみ、「愛的な何か」へこれまでよりも近付きながらも、フックのある分かり易いメロディー、18番の美麗なバラッド、ピアノの繊細な含み、ゴスペルの要素等々のささやかなマイナーチェンジ(実験というほどではなく)を行ない、ベルリン時期のデヴィッド・ボウイ辺りの空気感が仄かに漂うものの、今聴くと、精巧に設計図を作りながらも、そこに拘り過ぎたエラー的な合理性が息苦しくもなる部分はある。

 つまりは、過度ではなく、合理的なコールドプレイ像の深化を目指した大袈裟さがトゥー・マッチの域を更にオーバーしていたということかもしれない。そして、おそらくそういった声にも敏感だったバンド・サイドはブライアン・イーノ、マーカス・ドラヴスといったプロデューサー、限定されたスタッフで「籠る」ことになり、例のウジェーヌ・ドラクロワの『民衆を導く女神』という誰でも観たことはあるだろう絵画をジャケットに置き、タイトルも『Viva La Vida Or Death And All His Friends』という総てを包括したような景理めいたもので、大規模・ネ形で自分たちの梃入れを行なおうとした。リズムが細かくなり、ジョニーのギターもよりラウドに目立つようになり、ポリリズミックな民族音楽的な要素を取り込んだり、明らかにイーノの影響も垣間伺えるものになり、「耳触りの良いロック」、「優等生的なバラッドを歌うロック・バンド」を対象化すべく、あくまで彼らの中ではオルタナティヴともいえる内容になったものの、如何せん例のストリングスが豪奢に鳴り響く「Viva La Vida」に引っ張られてしまうように、相変わらず安直な二項対立図式を越境せず、「ベタ」な曖昧に揺れる世界観のもどかし・ウは相変わらずだった。生死、美醜、喜びと悲哀-その曖昧さを「抜けてゆく」にしては、クリス・マーティンという人は生真面目過ぎるのもあり、結局は曖昧を狙った確定閾を彷徨し、暴走してゆくことになる。08年のサマーソニックでヘッドライナーを堂々つとめたライヴを大阪で観たときに、僕は彼らの音楽が何を救い、持ち上げているのか、考えながら、複雑な心境にもなりながら、オーディエンスはCMソングとしても印象的な「Viva La Vida」のイントロの時点で沸騰し、そのあと、緩やかに去ってゆくものも居たりして、SMAPの「世界にひとつだけの花」を歌うなどのサーヴィス含めて、スタジアム・ロックのカタルシス、シンガロングを共有したという疑似快楽ではなく、どことなく、虚無の満足が残る印象が先だった。

 虚無の満足 ― この引き裂かれ方がコールドプレイとしたら、今年、いや、10年代に入ってもう世界に向けて「大きく」音楽を呈示出来るのは彼らの存在が俄然、重要になってくるという奇妙さがある。00年代をサヴァイヴして、モンスターになったバンドが、混迷して、再分化と文化の衰退が如実に迫る、そのままの世界中の人たちを「繋ぐ」というのはこれもまた、イロニカルだが、事実だろう。

 既に、『Mylo Xyloto』というタイトルでリリースが決まっているアルバムから少しずつリード曲が出ている。最初のリード・シングルの「Every Teardrop Is A Waterfall」の多幸性は、意味深かったと思う。

《All The Kids They Dance, All The Kids All Night / Until Monday Morning Feels Another Life / I Turn The Music Up / I'm On A Roll / This Time And Heaven Is In Sight(子供たちはダンスを始める 夜通しで / 月曜の朝に 世界の変化を感じるまで / もっと音楽のボリュームを上げて / 僕は今良い感じだ / 視界もクリアーなんだ)》

《So You Can Hurt, Hurt Me Bad / But Still I'll Raise The Flag(痛みを感じても 僕も同じようなものさ / 今 旗をまだ掲げよう)》

 という歌詞が複層に重なるシンセと昂揚と熱を帯び、ドライヴしてゆくメロディーの中で、彼らの掲げる「旗」はもうおそらくドラクラワの女神の「それ」ではないだろうことが分かる。

 そして、アルバムを控えてのセカンド・シングル「Paradise」はクリアーなギターが鳴り響き、ビートが固く刻まれ、クリスの例の声が淡々と紡がれ、ゴスペル風の壮大なコーラスで《Para Para Paradise》と連呼されながら、ささやかな電子音も混じり、「普通の女の子が世界を知ろうとしたら、遠く飛び立ってしまい、眠りの中に逃げ、楽園の夢を見ようとした」、というような寓話性が高く、切ない内容だが、夢に逃げて、楽園を見る訳でも逃避ではない、シビアなここの現実を生きる人たちの背中を押す力が確実にある。

 アルバムでは、どのような全容が待っているのだろうか。ロックより、明らかにビート・ミュージック、ダンス・ミュージックの機能性や、即時性を持った音が求められている瀬にこのもどかしいほどに、叮嚀にロックの殉教者であろうとするコールドプレイは、今、本当に求められているといえるのだろうか、僕は少なくともこの「Paradise」の時点では、ささやかな希いを仮託している。

(松浦達)

 

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