TROPICS 『Parodia Flare』(Planet Mu / Melting Bot)

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Tropics『Parodia Flare』.jpg"チルウェイヴ"という言葉が生まれ、多くのリスナーはそこに"現実逃避"を求めた。ウォッシュド・アウトやネオン・インディアンなどが注目を集めるようになり、同時に様々な議論のネタになった。"現実逃避"のみを対象とすれば、『Bon Iver』で「ボン・イヴェールこそが居場所」としたジャスティン・ヴァーノン。"歌声"という聖域を犯しながら、そこに新たなソウルを宿して見せたジェームズ・ブレイクなども"現実逃避"的な音楽を鳴らしている者達だろう。他にもブリアルやアニマル・コレクティブなど、ここ数年で枚挙にいとまがないくらい"現実逃避"的な音楽は生まれ続けてきた。

 僕自身こうした流れをポジティブに捉えている。というのも、従来の逃避、つまり現実に背を向け見て見ぬフリをしてきた逃避とは少し違うものを感じるからだ。様々なものが複雑になりフラット化していくなか、多くのものが見えづらくなってしまった現代において何かしらの仮想敵を前提としたカウンター・カルチャーは形成されにくくなった。それは一見すると敵がいない平穏な世界に見えなくもないが、ご存じの通り世界は閉塞感で窒息死寸前だ。悪くなる一方なのに、その原因が見えてこない。そんな状況で"現実逃避"という手段は前向きでポジティヴな意味合いを纏っていくのは自然であり、希望を残しながら戦うためには必然の流れだった。謂わば"現実逃避"とは、己の中に渦巻く感情や思考などをアーティスト自身にとっても分かりやすく外在化するために都合の良いキーワードであり、そこに内包される音楽は何でもよかったのだ。つまり、現実に対してネガティブ・トランジション(攻→守への切り替え)をするための殻として、"現実逃避"が担ぎ出されたと考えられる。

 そして、22歳のイギリス人マルチ奏者Chris Wardによるトロピクスのアルバム『Parodia Flare』は、次の段階であるポジティブ・トランジション(守→攻への切り替え)への移行を素晴らしい音楽と共に宣言してくれる。レコードショップでは"チルウェイヴ"の棚に並べられるかもしれないが、秘境的な雰囲気と極上のサイケデリアを生み出すと同時に、透明度が高い音像と開放的なユーフォリアが鳴らされている。甘く心地良いメロディが特徴的な「Going Back」「After Visiting」。アズ・ワン「Soul Soul Soul」を想起させる「On The Move」など、叙情的かつトワイライトでムーディーなグルーヴがアルバム全体を覆っている。しかし、カーテンの向こう側で申し訳なさそうに音を鳴らしているのではなく、むしろ聴く者を優しく励ますような親近感が、力強く前向きなエネルギーとなって前面に出ている。往年の《Planet Mu》リスナーも唸らせるアンビエントな電子音に、淡いセピア写真のようなギター・サウンド。管楽器などの生音を上手く調和させているプロダクションも特筆すべき点だろう。USインディー的なチルウェイヴとは違うどこかヨーロッパ的な空気もあるけど、トロピクスは《Planet Mu》が新たなインディー層を取り込む際に間違いなく重要な働きをするはずだ。

 冒頭で説明した意味における"現実逃避"は終わってしまったかもしれない(例えば、"ウォッシュド・アウト『Within And Without』は現実逃避(チルウェイヴ)を終焉させる"みたいな意見も多かった)。しかし、それではあまりにも救いがないように思える。激しさを伴ったものではないものの、ゆっくりと着実に1歩1歩前進していく非常に堅実な「抵抗」とダイナミズムが、『Parodia Flare』には刻まれている。そしてそれは、自分たちのエンパイアを築き上げながらも、現実と融和し和解しようとする新たな「戦う逃避行」の始まりに見えなくもない。『Parodia Flare』とは、そんな希望へと向かうアルバムだ。

 

(近藤真弥)

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