FRENCH FILMS 『Imaginary Future』(Rimeout)

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FlenchFilms.jpg 英米で生まれたムーブメントを独自の解釈で鳴らす北欧のバンドは多い。90年代には、最北のパワーポップとでも言うべきザ・ワナダイズがいたし、近年は、ザ・ブライツのレヴューでも触れたネオアコ新世代のザ・ソネッツやノーザン・ポートレイト、シューゲイザー勢からはザ・レディオ・デプトが昨年『Clinging To A Scheme』をリリースし、それまでの(北欧という)異郷からの轟音という枠組みを脱し見事に時代性とリンクした音像を鳴らしたことも記憶に新しい。

 そして特に昨年、ザ・ドラムスなどの登場により活況だった米国の新世代サーフィン・ムードに呼応するように現れたのが、このフレンチ・フィルムズだ。直訳すると「フランス映画」というバンド名であるが、彼らの出身はフィンランドの首都ヘルシンキ。フィンランドと言えば、ムーミンだったり、サンタクロースだったりと、まったりとした雰囲気の印象を持たれやすいが、ミュージック・シーンだけみると、他の北欧4国より大きなアーティストが現れていない印象があるだろう(事実、クッキーシーンが2007年に刊行した『北欧POP MAP アイスランド、ノルウェイ、デンマーク、フィンランド編』でも、別枠のスウェーデンを除いても他の3国より明らかに取り上げられているアーティストの数も少なかった)。

 さて、このフレンチ・フィルムズ。一聴したところ、やはり先に挙げたドラムスのフィンランド・ヴァージョンというような印象を受ける。「Golden Sea」や「Convict」などを聴くと、シンプルなコードと軽快なリズムにコーラス、ローがきいた野太いヴォーカルが、ドラムスを想起せずにはいられない。アルバム全体を覆う雰囲気もUSインディのサーフィン・ムードに共振するような快活なものになっている。もちろんそれらのUSインディ勢が影響を受けた'80sのUKの雰囲気も取り入れられており、のっぺりした哀愁漂うヴォーカルはモリッシーっぽいし、ジャングリーなコード感はオレンジ・ジュースを思わせる。

 ここまでだと、ドラムスなどのアーティストと何の違いがあるの?と思われてしまうかも知れないが、そういったアーティストが鳴らす海が、陽光が降り注ぎたじろぎながらもサーフィンしたくなるようなものであるのに対して、彼らフレンチ・フィルムズの海はどこか田舎のノスタルジックな憂愁漂う感傷的なものであることだろう。秋を迎え郷里に帰ってきた時に、ふと立ち寄った海とでも言うような、センチメンタルで内省的なものであることはUSインディ勢が飛び込んだ海とは決定的に異なっている。海を目指しずんずん突き進んで鳴らされた高揚と言うよりは、『海へ行くつもりじゃなかった』のに、辿り着いてしまった海で途方に暮れながら鳴らした哀愁という感じだろうか。

 これは、彼らにとって慣れた海がカリフォルニアや東海岸のそれではなく、北欧の寒々しい海であることも(無意識にせよ)たぶんに影響していることも考えられるし、フェイバリットとしてザ・キュアーを挙げていることからもそういった内向きの感性を獲得したのかも知れない。

 同じ海を同じ時代に歌っても彼らのそれは、感傷を隠し切れていない。むしろ過度に英米を意識せずに自らの海を見つめ続け、フィンランドの海と言えばフレンチ・フィルムズというような存在になってほしいものだ。ヘルシンキのビーチ・サイドより現れたこの若者たちがフィンランドの顔になれることを願わんばかりである。

(青野圭祐)

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