BEIRUT 『The Rip Tide』(Pompeii / Contrarede)

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BEIRUT『The Rip Tide』.jpg  クッキーシーンのムックでも執筆されている黒田隆憲さんの『プライベート・スタジオ作曲術』を読んでいる。『プライベート・スタジオ作曲術』は、黒田さんが国内外で活躍するミュージシャンの自宅兼スタジオを訪問して、彼らが音楽と出会ったきっかけから作曲方法、スタジオ機材へのこだわりまでを紹介するという内容。音楽が好きな人なら「この曲は、一体どうやって生まれたのかな?」と一度ならず考えたことがあるはず。

"音楽が生まれる場所を訪ねて"という副題どおりに、ミュージシャンでもある黒田さんがそんな素朴で深い思いをひとりひとりに聞いている。そして、16名のミュージシャンが真摯に答えている。スタジオならではの独特な時間の流れを捉えた写真、"部屋本"としても通用するほどオシャレな装丁。じっくり読むのも良い、パラパラめくるだけでも楽しい、とても素晴らしい一冊だ。僕は『プライベート・スタジオ作曲術』を読みながら、ベイルートの新作『The Rip Tide』を聞いている。

 2007年にリリースされた前作『The Flying Club Cup』がフランスのフォーク・ミュージック(民衆の音楽)からインスパイアされたことは、容易に想像できた。ジャケット・デザイン、ブックレットに収められたセピア色のスナップ、そしてアルバム・タイトルといくつかのショート・ストーリー。フレンチ・ホルンを擁したブラス・バンドの演奏にザック・コンドンの歌声が重なり合い、いにしえのパリの町並みや人々の喧噪を描き出す。デビュー・アルバムもバルカン半島の音楽に影響を受けたものであったように、ベイルート(ザック・コンドン)が鳴らす音楽は、いつでも"異国情緒"にあふれている。それは移動を伴うロード・ムーヴィーというよりも、その土地のゆるやかな時間が流れる短編映画のようだ。

"潮の流れがぶつかり合い、激しい波が起こる"という意味を持つ『The Rip Tide』と名付けられたこの最新作は、今までのように特定可能な"どこか"に影響を受けた音楽ではない。前作で特長的だったオーウェン・パレットによる流麗なストリングス・アレンジは鳴りを潜め、シンプルなバンド編成で奏でられるメロディはいつになく明瞭だ。アーケイド・ファイアやブライト・アイズを彷彿とさせる一面を見せながらも、やはりザック・コンドンはギターを手に取らない。ウクレレを抱え、ピアノに向かい、豊かなメロディを生み出してゆく。特定できる"どこか"から、彼自身が今いるべき"ここ"へ。たっぷり吸収してきた異国の音楽が、ベイルートだけのフォーク/アコースティック・ミュージックとして高らかに鳴り響く。

 ザック・コンドンの生まれ故郷である「Santa Fe」と名付けられた曲はあるけれど、曲名と演奏者のクレジット、そして「East Harlem」の歌詞しか表記されていないブックレットも実に素っ気ない。布張りで製作されたジャケットは、日記帳かフォト・アルバムみたいだ。そこには"目に見えない風景=音楽"だけが収められている。イメージの広がりは、音楽にだけ託されている。

 僕は『プライベート・スタジオ作曲術』という素敵な本のページをめくりながら、ベイルートの不思議なフォーク・ミュージックに耳を傾けている。「この音楽はいつ、どうやって生まれたのかな?」って、いろんな想像をふくらませながら。

 

(犬飼一郎)

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