AZIZ SAHMAOU 『University Of Gnawa』 (Alter Pop / General Pattern)

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Aziz Sahmaou『University Of Gnawa』.jpg  レッド・ツェッペリンやジミ・ヘンドリクスが心酔した音楽としてグナワというモロッコ音楽を知っている人は多いかもしれない。金属製のカスタネットのカルカベと3弦撥弦楽器のゲンブリに声が合わさったシンプルな編成で鳴らされる音楽であるが、その歴史には複雑な因子も孕んでいた。西アフリカ地方から来た黒人奴隷たちによって、モロッコへと運ばれたというだけではなく、儀式性として悪霊に取り憑かれた人たちの治療としても使われた。そして、そのグナワの魔術的な反復性がもたらすトランシーな音は精神的な高みに近付くための導線もあった。

  ただ、こういった音楽に付き纏う胡散臭さといおうか、危うさに関しては訝しげな目を向けられることも常であるが、グナワとともに有名なモロッコの山間部での"ジャジューカ"にしても、かのブライアン・ジョーンズの奇作『Brian Jones Presents the Pipes of Pan at Joujouka』に代表されるように、その神秘性と陶酔には魅かれる音楽家や芸術家は後を絶たず、映画や様々なアート・シーンでこういった音楽は効果的に用いられていたりもする。ルネ・デュボスが行なってきたように、人間の「精神」への測定に対して、常に設計されたことと変化してきたことに対して焦点を合わせるとしたら、内なる声がどんどん重ねられながら、独特の幻惑をもたらすこういった音楽にも色眼鏡が掛けられるべきではないのかもしれない。

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  オルケストル・ナシォナル・ドゥ・バルベスの創立メンバーであったアジズ・サハマウイ(AZIZ SAHMAOUI)の初リーダー作品がかなり意欲的な内容になっている。アジズといえば、ジョー・ザヴィヌル・シンジケートでも活躍するなど、精力的な活動が目立っていたが、満を持してのアルバムは、タイトルからして、『University Of Gnawa』という「グナワ」と「大学」が並ぶという面白いもので、かといって、グナワを研究対象として解析しようというものではなく、もっとグナワを世界に拡げていこうという気概に満ちたポップネスと共に、グローバル化の中でのグナワの再対象化をはかろうとしている強さがある。プロデュースはフェラ・クティ、キング・サニー・アデなど数々のアーティストの作品を手掛けてきた敏腕のマルタン・メソニエ。このアルバムでのアジズはしかし、ゲンブリではなく、そのルーツ的な楽器と言われるンゴニを演奏している。ンゴニは、西アフリカ、マリで使われる楽器であり、ゲンブリよりも音の域が高い。更に、マンドーラというマンドリンを巧みに弾き、パーカッションやギターとの調和を巧くはかっているところはグナワのモダナイズを試みているという意味で、非常に興味深い。実際、"グナワ大学"を標榜しているにも関わらず、啓蒙的なムードは無く、グナワのトラッド曲「Salabati」や「Foufou Danba」などのアレンジも斬新なものになっており、ウェザー・リポートのカバー「Black Market」のマグレブ流解釈もいいが、注目すべきは、モロッコの人気歌謡曲である「Ana Hayou」をグナワ式に再構築したドライヴ感のある演奏そのものかもしれない。徐々に熱を帯びていき、アジズの声とコーラスが重なり、絶妙に昂揚してゆく熱量。ここには、人力トランスともいえる独特のグルーヴも感じられ、ライヴで見ると、より響くものがあることだろう。勿論、「うたもの」としても美しいものが含まれており、レゲエからブルーズ、柔らかな弾き語りまで様々なヴァリエーションの曲が愉しめるのと同時に、音楽そのものが持つ生命力に胸打たれる内容になっている。

  北アフリカの音楽がこういった形で伝播してゆく過程の中で、世界の様々な音楽やその背景の歴史に目を向ける人が少しずつでも増えていけば、良いことだと思う。このアジズの挑戦は更に新しい"気付き"を様々な人たちにもたらすことと希ってやまない。

(松浦達)

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