ハー・スペース・ホリデイ

|
HER SPACE HOLIDAY

結局、終わりが訪れることには変わりがない
それならお祝いで終わりにしよう


梅雨も明け、これからの季節にふさわしいアルバムが、絶妙なタイミングでリリースされた。90年代後半から、その名を冠して活動をつづけてきたマーク・ビアンキによるひとりユニット、ハー・スペース・ホリデイ、初のセルフ・タイトル・アルバムだ。

これまでにブライト・アイズやザ・ゴー・ティーム、ピンバックやボブ・モウルド(元ハスカー・デュー)とツアーを行い、R.E.M.からブーム・ビップまでのリミックスを手がけてきたハー・スペース・ホリデイだが、この『Her Space Holiday』がファイナル・アルバムとなる。

ベッドルーム・レコーディングのドリーミー・ポップからエレクトロニカをへて、フォーキーなオーガニック・ポップに至った彼(ハー・スペース・ホリデイとなる前には、ハードコア・バンドにも所属していたという)の、まさに集大成的な作品となっている。

アンセミックとさえ言える美しい"うた"の数々は、アコースティックな演奏とあいまって、とてもオープン。晴れわたった夏の空が目に浮かぶようだ。これが「最後の」アルバムなのに?

7月のある晴れた日、マークに電話インタヴューを試みた(注:伊藤英嗣が質問を作り、中谷ななみさんが話を聞いています)。

HSH_110706_A1.jpg

おひさしぶり、クッキーシーンです。お元気ですか? 今はテキサス州オースティンに戻ったそうですけど、オースティンでの生活はいかがですか?

マーク・ビアンキ(以下M):気に入ってるよ。まあ、若かったころとは生活スタイルなんかも変わったけどね。オースティンにはたくさんバーやクラブがあって、7年ぐらい前ここに住んでたころには、本当に毎晩夜遊びに出かけたものだった。でも今ここに帰ってきて、そうじゃない部分のオースティンの生活を、より楽しむようになった。散歩したり、湖の傍で読書したり。すごくリラックスした生活を送っている。ものすごく暑いってことを抜かしたら、快適な暮らし(笑)。でも住んでいる友だちも多いし、いつもお互い助け合えるような環境で、気に入ってるよ。

テキサス州オースティンに戻った理由は?

M:オースティンからカリフォルニアに引っ越した一番大きな理由は、ぼくのおじいちゃんとおばあちゃんがふたりとも病気になったんで、家族をサポートするためだった。でもこの1、2年で、ふたりとも亡くなった。ベイエリアでぼくが一番気に入っている街はサン・フランシスコだけど、あそこはものすごく物価が高くてさ。そんなとき、前のレコードのツアーでオースティンを通って、友だちがまだたくさん住んでることもわかったし、ベイエリアにいる理由もなくなったこともあって、またここに帰ってこよう、って思ったんだよ。

クッキーシーンとしてインタヴューさせてもらうのは、エックスオーエックスオー・パンダ名義のアルバム『The New Kid Revival』が日本で出て、フォー・ボンジュールズ・パーティーズと共に日本ツアーをおこなったとき以来です。ちなみに、当時クッキーシーンは「雑誌」だったんですが、09年12月で発行をやめ、10年1月以降はウェブとムックという形を中心に活動しています。1年半くらいかけて、ようやく新しい形のペースがつかめかけてきたかな...って感じです。「時代の変化にあわせて、こちらも形を変えている」というふうにポジティヴに捉えているんですが、それなりに大変というか...。
 エックスオーエックスオー・パンダ名義のアルバムを出したとき、あなたもそういった「時代の変化に合わせた」活動をしているとうかがった気がします。でもって、あれから、欧米では上記アルバムが、ハー・スペース・ホリデイのアルバム『Xoxo, Panda And The New Kid Revival』としてリリースされました。『The New Kid Revival』の日本盤をエックスオーエックスオー・パンダ名義で出したとき、もしかするとハー・スペース・ホリデイという名前は今後使われないかも? などと思ったりもしたんですが、今ここに、まさに堂々たるハー・スペース・ホリデイの"ファイナル・アルバム"が完成しました!
 本当に素晴らしいアルバムだと思います。その音楽的内容をうかがう前に、ここでハー・スペース・ホリデイとしての活動をいったんしめくくろうと思った経緯を、まずうかがいたく思うのですが...。


M:理由はいくつかあるけど、なるべく簡潔に説明するようにするよ(笑)。自分で相当長く理由を考えつづけたから、それを全部説明したら、ものすごい長さになっちゃうからね。
 ぼくはハースペを15年やってきた。それだけ長くやっていると、情熱やプロジェクトへの期待が次第に変わってくる。ぼくが初めて音楽を作りだしたころっていうのは、もう本当に音楽が好きで好きで、作りたくてしょうがない、という想いだけで始めた。でも時間が流れ、レーベルと契約し、それを職業としてお金を稼ぐようになると、次第に何かが少しずつ変化し始める。多分、ハー・スペース・ホリデイを通して、ぼくは自分自身を探していたんだと思う。そしてその道程で、自分を見つけたんだ。だから、もう、この道は通らなくていい、と思った。
 クッキーシーンがウェブとムックというスタイルに移ったように、5年前と同じスタイルで、音楽業界で職業を成り立たせていくことなんて、今は不可能だよ。ぼくは今38歳になった。まだ年寄りには数えられない年齢だとは思うけど、なんでも新しいものを喜ぶ年齢でもない。レコードが懐かしい(笑)。雑誌も、紙にちゃんと印刷された雑誌が好きだよ。確かに、物事が変化し続けていかなきゃいけないのは理解しているし、すばらしいことだと思う。でもそんな中で、ハースペとしての時代は、終わった、って思った。別に悪いことだとは思ってないよ。時代は変わる、ってだけだからね。それで、本当に心から自分が誇りにできるようなラスト・アルバムを作って、この活動を終わらせたい、って思ったんだ。

HSH_110706_A2.jpg

初期のベッドルーム・スペイシー・ポップから、アンダーグラウンド・ヒップホップ的な要素もとりいれたエレクトロニック・ポップへ、さらにオーケストラル・ポップ色を強めつつ、よりオーソドクスな...60年代50年代もしくはそれ以前の本質的な"ポップ・ミュージック"のエッセンスに立ちかえったようなエックスオーエックスオー・パンダのアルバムへ...。これまでのそんな流れの延長線上にありつつ、過去のすべてを総括したような、まさに『Her Space Holiday』というセルフ・タイトルにふさわしいアルバムになっていると感じました。いかがでしょう?

M:うん、実際それがぼくの目指したものだった。ラストとしては、そういうものを作りたい、と思ってた。日本では『The New Kid Revival』はエックスオーエックスオー・パンダ名義でリリースになったけど、アメリカやオーストラリアでは、ハー・スペース・ホリデイ名義のままでリリースになってる。そういうすべてをまとめる内容になった。サンプリングなんかを多用しているうちに、それに疲れたっていうか...飽きたっていうか...自分でも楽器を弾いて、それでオーガニックなレコードを作れたら、って思うようになってきたこともあったしね。そういう流れの中で出会ったいろんな人たちやスタイルは、今でもすべてリスペクトしているけど。

「Ghost In The Garden」「Death Of A Writer」の2曲は、本当に強力な名曲! と思いました。後者の歌詞の以下の部分は、先述のような状態(「雑誌」はやめたけれど別の形でクッキーシーンをつづけている)自分にとって、とくにぐっときました(《If the death of a writer brings life to his readers / Then what does that mean that I'm still breathing?》《Like a dusty old stack under that magazine rack / We're just a floor full of issues / With our burdens printed on our backs》)。この曲で、あなたが聴き手に伝えたかったことは?

M:(笑)正直言って、このレコードを作るのは本当に難しかったんだよ。実際、途中であまりにもどうしていいのかわからなくなってしまった。伊藤さんも同じように思ったかどうかはわからないけど、一回ハースペという長く続けてきたプロジェクトを終わらせるってことは、まるで自分の中の一部が死ぬってことみたいな感じがしたんだ。自分の身体の一部を切断してしまうような気分になった。それで、レコードをどうまとめたらいいのか、わからなくなってしまったんだよ。実際は自分の人生ってものを考えたら、それは当然このレコード以上に大きなものだし、伊藤さんだって、伊藤さんの人生全体は、クッキーシーンよりも大きいものだろうと思う。うまくいっていてもいっていなくても、人生はそのまま続いていく。家族がいて、他のいろんな人たちが周りにいて、いろんなことが起こって...。この曲は特に、ぼくの今までの活動を振りかえってまとめたものになってると思うんだ。すごく誇りに思ってる部分もあれば、ものすごく恥ずかしく思ってる部分もある。必要以上に、レビューの批評に落ち込んだりしたこともある。そうやってぼくは、自分がどんな人間なのかってことを学んでいった。そういうプロセスだったんだよね。

なるほど。それじゃ、結構最初から、ラスト・アルバムを作ろうと思って、作り始めたアルバムだったんですか? それがコンセプトになっているような。

M:結果としてはコンセプトになったけど、最初はどうしていいかわからないっていうか、アルバム1枚を作ってまとめるなんて無理、みたいな気持ちのままでスタートしたんだ(笑)。すごく難しかった。初めてハー・スペース・ホリデイとしての活動をやめようと決心したのは、実は日本にいたときだったんだよ。ヘネシーのパーティーでプレイした時だった。日本に行くのはいつでも楽しいし、友だちたちに会えて、すごくうれしかったんだけど、リハーサルを始めた瞬間、なんだかすべてが色あせてつまらない、って感じた。どうしてそう感じたのかはわからないけど、一度そう感じたら、おしまい。ああ、もうハー・スペース・ホリデイは終わりだな、って、そこで思った。そこからラスト・アルバムを作って、ハースペを終わらせる、ってすべてがスタートしたんだよ。

「The Candle Jumped Over The Spoon」という曲名から、マザーグースの「The Cow Junped Over The Moon」といったフレーズを思いだしてしまったんですが、この連想について、どう思いますか?

M:(笑)いや、違うんだ...。あれは...ドラッグ・トークなんだよ。ドラッグっていうか、中毒全般に関して歌ってる曲。仕事でもドラックでも食べ物でも、それに全てを投げだしてはまり込んで、自分自身を失っていくことってあるからね。

ラスト曲、「In The Time It Takes For The Lights To Change」からは、ある種の諦念と、それでも決してネガティヴに傾かない前向きな姿勢を同時に感じました。この曲にこめられた思いとは?

M:うん、まさにそういうことだった。あの曲は、ぼくのキャリアについて歌ってるだけじゃなくて、このレコードを作るプロセスに関しても歌っている曲。曲の最初のころは、完全に自分を見失ってる状態なんだよ。物を作るためにどうしたらいいのかわからなくなってしまっている。今まで生きてきて、人生で何をしたいいのかわからない、自分の情熱を何に向けたらいいのかわからない、って人に、何人も会ってきた。そんなときぼくは、「かわいそうな人だな。ぼくはそんな気持ちになったことなんか、一回もない。なんてラッキーなんだろう」って思ってきた。それが突然、ハースペをやらない、音楽もやらないかもしれない、って思ったとき、いったい自分がこれからどうしたらいいのか、全くわからなくなってしまった。やめて何か新しいプロジェクトを始める予定があるわけじゃないし、レコードはとにかくおしまい、ってことだったから。とにかく、それが曲の最初のパート。でもアルバムを作っていくなかで、全てには終わりがある、ってことを受けいれていくようになっていった。ただ悲しみに暮れることもできれば、それを祝うこともできるけど、結局、終わりが訪れることには変わりがない。それならお祝いで終わりにしよう、って。そういう曲。

HSH_110706_A3.jpg

「Shonanoka」なんて曲名にも驚きました。これは、やはり「初七日」、なんですか?

M:うん、そう。ぼくはPCPの北沢(平祐:以前からマークと関係の深いアーティスト。今回の日本盤のアートワークも手がけている)さんと仲がいいんだけど、彼の家族が亡くなったときに、死んだあとのプロセスやコンセプトについて、ぼくに教えてくれたんだ。アメリカにはないから、すごくビューティフルな考え方だなって思ったんだよ。そういうふうに思うようになったのは、ぼくが年を取ってきてるからなのかはわからない。今の地球に生きていて、そういう時代の感覚があるのかもしれない。でも、「あまり残されている時間はない」って感じることが多いんだ。そういうアイディアから考えた曲なんだよ。

そして先ほどの「Ghost In The Garden」「Death Of A Writer」といい、なんというか、このアルバムは「死と再生」がテーマなのでは? と思ったりしました。

M:うーん...。意味って、すべて書き終わったあとに浮かんできたりするものだからね。この曲の多くは家でも作っているけど、150年前に建てられた農場の家でも書かれているんだ。あの家には絶対に幽霊がいたと思う(笑)。特に「The Candle Jumped Over The Spoon」のイントロをレコーディングしていたときが、なんて言ったらいいか...すごく怖かった...(笑)。そういうところから、曲にそんな雰囲気が出てるのかもしれないね。

"ファイナル・アルバム"であるにも関わらず、初夏の太陽を思わせるような明るさが全体にあふれている気がしました。「死と再生」といえば、日本では「お盆(真夏)に先祖の魂が帰ってくる」という言いつたえがあり、そんなお祭りがあることを知っていますか? メキシコにも同じようなものがあるみたいですし...。そういったことを思いだしました(笑)。いかがでしょう?

M:そういう考えがあるって知ってたら、アルバムの最後にそういうイメージの曲を入れたかったね(笑)。でもぼくの人生観を大きく変えた出来事って、2年前にがんのおばあちゃんが亡くなったときのこと。彼女が息を引き取る瞬間、ぼくは彼女の隣にいたんだよ。誰かが亡くなった瞬間に、その人の傍にいたことある?

いや、そう言われたら、ないですね。

M:初めて人が息を引き取る瞬間を見届けたわけだけど、なんていうか、もうその瞬間って、死ぬ、っていうよりも、新しいどこかに誕生する、みたいな、本当に、神々しい瞬間なんだよ。苦しみからすべて解放されて、新しいどこかに行った、みたいな気がした。毎年夏に帰ってくる、というよりは、いつもどこかにいてくれているような気がする。でも、夏に帰ってくるっていうアイディアも、すごく素敵だと思うけどね。夏って、なんだか、バケーションみたいだし(笑)。日本には、死者をいつまでも忘れないで、心に留めておいてくれるような文化があるよね。

最近クッキーシーン周辺では、LSDによるサマー・オブ・ラヴ、エクスタシーによるセカンド・サマー・オブ・ラヴ、そして「コンピューターというドラッグ」によるサード・サマー・オブ・ラヴ、みたいな言い方が流行っています(笑)。セカンド・サマー・オブ・ラヴにも、やはり死と再生をテーマにしたかのような「I Am The Resurrection」(by ストーン・ローゼズ:ちなみに《I am the resurrection, I am the life》というフレーズは葬式の言葉。《ご愁傷様》みたいな?)という名曲がありましたけど、「Ghost In The Garden」「Death Of A Writer」は、サード・サマー・オブ・ラヴにおけるそれにあたる、みたいな(笑)? いかがでしょう?

M:え~? どうして??

えっと、すいません、どうしてそう思ったのかは、わからないんですが...(汗)。

M:訊いておいてくれなきゃ! サード・サマー・オブ・ラヴはコンピューター中毒のシーン? そこに入れられたくないなあ...。

実際、アルバムを聴いていて、伊藤がどうしてそう思ったのかは、私もちょっと、謎だな、と思ってはいたんですけど、確認してなくてすいません(笑)。

M:うん、謎だね。でも最近、すごくテクノロジーの進化やコンピューター社会について、怖いな、って思うことが多かったんだ。インターネットて両刃の剣みたいなところがあるよね。すごくネガティブなことを考えつけば、それに対する情報も何でも手に入る。逆に、すごくポジティヴなことを考えつけば、それに対する情報も何でも見つかる。ぼくのガールフレンドはすごくポジティヴな人だから、ツイッターって最高だと思っている。世界中どこにいようが、いくらでも人と繋がれるから。でもぼくは、あまりにツイッターで自分勝手なひどいことを言う人たちが多いってことに、本当に最悪な気分にさせられる。テクノロジーって、人間の考えを増幅させるような作用があるんだろうね。君はどう思ってる? コンピューターは怖くない?

いや、先日の大震災のあと、10年以上音沙汰がなかった友達がフェイスブックで私(中谷)を見つけて、大丈夫?って確認してくれたようなことがあって、悪いことばかりじゃないとは思ったんですが、逆に付き合いたくないと思ってる人にまで、今どうしているとか、こっちの個人情報が流れちゃうってことには、不安を感じますね。誰と誰が友だちになってて、どこに行ったり、どんなこと言ったりしてるとか、簡単にモニターできちゃうじゃないですか。でも、今ネットがないと仕事は絶対できないし...。

M:そうだよね...。日本でも、ブログの炎上とか、ある?

ありますよ。いっぱい(笑)。

M:ああいうところのコメントとか見ちゃうと、もう、本当に、あっという間にどれだけ沢山の人が、本当に悪意のあるひどいことを書きこめるかってことに、驚いちゃうんだよね。そういうのは本当に手に負えないっていうか、もう、ただ圧倒されちゃうっていうか。音楽をやめたら、農業をやるのもいいかな。農園にはネットは走ってないと思うから(笑)。わかんないけど。あまりに時代錯誤な人みたいに思われるかもしれないけど、昔に戻りたいような気持ちに今なってるんだよね。フェイスブックやツイッターを更新しなきゃいけないプレッシャーのない時代(笑)。いつでもYouTubeで動画が見れちゃうのは便利だけど、本当に気持ち悪いことだと思う。何千人もがその動画を世界中から、たったひとりでパソコンの前で見てるなんてさ。

HSH_110706_A4.jpg

今回、今までになく、多くのひととレコーディングをおこなったそうですが、それは今後のあなたの音楽活動のヒントになりますか? この先どんな活動をおこなっていく予定ですか?

M:今言えることは、とりあえず音楽からはしばらく休みを取るってことかな。サウンドトラックを手掛けてるのがあるから、それはちょっとやるけど、レコードは作らない。ボーイズ・アンド・ガールズって別プロジェクトがあるけど、あれはすごく快適にできるんだよね。自分ができない部分を他の人が補ってくれると、プロダクションに集中できるし。今でも、プロダクションは面白いって心から思えるから。今話していて、ちょっと見えてきた部分もあるけど、ぼくは自分の、シンプルなライフっていうものに集中したいんだな。ぼくの身近な人たちはそのなかに含まれているけど、今はとにかく、生活をすごくすごくシンプルにしたいんだと思う。

それじゃ、ホントに農家に転職することもアリですか?

M:(笑)テキサスには農場も多いしね! 何ていうか、今ではバカみたいな考えなんだけど、ぼくはずっと、普通の生活ってものをどこか否定する部分があったんだと思う。でも今は、その人本人がいいと思ってやっていることなら、それが何であってもすばらしいことなんじゃないかと思えるようになった。だから、ぼくが農家をやるならそれはそれでいいし、やらないならやらないでそれでもいい。ぼくは腕が動かなくなるまでものを作り続けたいと思うけど、その作ったものを人に差しだして、「こういうものを作ったよ、ぼくのこと好き?」って聞かなくても平気だし(笑)。

今年中には来日するかも? と聞きました。以前日本で共演して、アルバム『Her Space Holiday』にも参加しているフォー・ボンジュールズ・パーティーズとの共演が、また期待できそうですか?

M:11月くらいにできないかなと思ってるんだけどね。日本の(&レコーズ主宰者)ミノルは、本当にぼくがやりたいことをやらせてくれるすばらしい人だけど、今回はラップトップ1台で、いろんな昔の曲からちょっとずつプレイしながら、過去15年の総まとめみたいなショウをやれたらと思ってるんだよね。キャロラインやフォー・ボンジュールズ・パーティーズが何曲か入ってくれるだろうけど、基本はぼくとラップトップのセットってことで。

>>>>>>>>>>

 それって、かなりコンピューター・ギークというか、一般の人からしたら、コンピューター中毒者っぽく見えるのでは(笑)? ...というのは、まあ冗談。少なくとも新作『ハー・スペース・ホリデイ』のノリとはあまり関係がない。

 ぼく(伊藤)がこのアルバムから、音楽的に「サード・サマー・オヴ」的なものを感じたということの意味を、ちょっと説明しておこう。ドラッグとか中毒云々は別として。

 60年代後半のサン・フランシスコに端を発したサマー・オブ・ラヴは、いわゆるサイケデリックと呼ばれる音楽を生んだが、アコースティックかつオーガニックなフォーク・ロックとつながっている部分も大きかった。80年代後半のUKで起こったセカンド・サマー・オブ・ラヴと呼ばれるムーヴメントは音楽的にエレクトロニックな色彩の強かったけれど、その発祥のひとつとなったのは、60年代後半のフォーク・ロックにも通じる音楽をやっていたバンドたち(が、その方向性を変容させていったこと)だった(ストーン・ローゼズにしてもプライマル・スクリームにしても、クリエイション・レコーズにしても)。しかし、その両者の根底には「人間」という存在に対するある種の肯定性、諦念を乗りこえたポジティヴィティが内在していた。

 そういった意味で、音楽的にはフォーク・ロック~サイケデリック・ロック的なものからエレクトロニックなものまでさまざまながら、ふたつの「サマー・オブ・ラヴ」に通じる新しいバンドが最近ちらほら目につくような気がする。アークティック・モンキーズのニュー・アルバムの「ポップさ」にもそれを感じた(アレックス・ターナーのソロと並べて聴くと、とくにそう思う)。そして、この『ハー・スペース・ホリデイ』は、それ以上に「サマー・オブ・ラヴ」...というか愛のお盆?...という気がした。

 とにかく、素晴らしい!


2011年7月
質問作成、文/伊藤英嗣
取材、翻訳/中谷ななみ


HSH_110706_J.jpg
ハー・スペース・ホリデイ
『ハー・スペース・ホリデイ』
(&)

*日本盤先行リリース。タワーレコードでは7月13日(水)より、他店舗では27日(水)より発売となります。このディスクに関する、日本のレーベルの公式ページはこちらです!【編集部追記】

retweet