ARCTIC MONKEYS『Suck It And See』〜気高き信念

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新作も好評なアークティック・モンキーズ。草野虹さんによる原稿は、新作のみならず彼ら自身のアティテュードにも触れています。


皆さんから見たアークティック、彼個人から見た彼ら。それらは人それぞれに違いますよね。


私が初めてアレックスにインタヴューしたとき(ファースト・アルバム・リリース前。そのときの模様は当時の雑誌版クッキーシーンに掲載されています)は、地元のクラブに行って自分たちの曲が流れて、ヴィデオまで流されて、「逃げろー!」と言って慌てて帰ったよ(笑)、なんて語っていたのに、それが今となっては世界を背負って立つ大きな大きな存在へと成長しました。

そんな「今」の彼らの考察を是非お楽しみください。


(吉川裕里子)



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 もしもあなたがミュージシャンになったとして、どんなアルバムを作るだろうか? 人それぞれに思うところがあるだろうが、優れたアルバムを生み出そうと思うはずだ。もしもその甲斐あって、信じられないくらいの大金持ちになった時、より優れたアルバムを作る意欲をもてるだろうか? そして「前よりも良いアルバムを作らなきゃ!」と思うのなら、一体何が必要になるのか。


 メッセージを投げかける姿、一つの美学を追求する姿、過去からの伝統を重んじる姿、様々に分かれていく。だが、いくつかの変化・不変化に問わずあるのは、バンドが追い求める不変たる本質や信念を見失わない強さ、それがロック・バンド、引いてはミュージシャンに不可欠な要素だ。


 今回の主役Arctic Monkeysは、前作『Humbug』でのレコーディングを出身地であるイギリスを飛び出し、アメリカで行なった。度重なるゴシップに代表される異常な期待感からの逃亡、己の創作意欲の導き、その2つが相まった海外での経験とそのレコーディングは、パンキッシュさと多種多彩なリズム感で世界を魅了したそれまでのアルバムからは趣向を大きく変え、どっしりと腰を据えたややヘビーでダークなサウンドを生み出し、バンドの充実感・可能性に溢れたアルバムが仕上がった。


 だがファンの戸惑いは相当だった。僕は彼らが前作を引っさげて公演した恵比寿リキッドルームと日本武道館公演を、前者はネットで、後者はチケット片手に生で見たが、周りの雰囲気を一言でいうなら「あれれ?」である。<踊れる・騒げる・ノリノリ>の3拍子揃った初期の頃の軽快なロックンロールを期待していた観客は、<踊れない・騒げない・ノレない>の3拍子が揃ったような、重心の低いロックンロールが中心のセットリストに終始不満げだっただろう。


 どうも、あの時の観客は勘違いしていたようだ。彼らの本質はデビューアルバムのタイトルどおり、『Whatever People Say I Am, That's What I'm Not』であり、「奴らがなんと言おうが、それはオレじゃない」ということ。それは日本でも発売したライブDVD『At The Apollo』で、観客を一切写さずに自分達しか写さないという手法にも顕著に現れている。他人の言葉に耳を貸さず、何食わぬ顔で己の信じる音をかき鳴らす姿。あの瞬間、日本武道館に立っていたArctic Monkeysは、ある意味では傲慢だったろう。


 そして今回のアルバム『Suck It And See』。このレコーディングはNirvanaの『Nevermind』やFleetwood Macの『Rumours』(実際のレコーディングは違う場所。おそらく後年のリミックス盤のために使用されたのだろう)で使われた、カリフォルニアのスタジオでレコーディングされた。そんなスタジオでのレコーディングは、順調はそのものだっただろう。気心知れたプロデューサーと共に綿密に作り上げていったこと、前作の冒険ぶりを見てファンの期待値が下がっていたこと、NirvanaやFleetwood Macといった先人達のアルバムが、「その瞬間の自分達」を鳴らしていたことに共感を覚えたこと。アルバム製作中のモチベーション低下を阻止していたのはそれらだったと考えられる。


 ジャキジャキで鋭角的というより、ツルンと丸みを帯びていて、ちょっとレトロ感を漂わしているサウンド、デビュー作に収録された「A Certain Romance」も同じような曲で、元々彼らの中にあった要素の一つであるが、そんなサウンドがこのアルバムの主体になっている。ギター/ヴォーカルのアレックス・ターナーのソロ・ワークス(ラスト・シャドウ・パペッツの作品や先ごろ発売したソロ作品)にも近しく、彼の好きなスコット・ウォーカーなどのオールディーズ・ポップへ、Arctic Monkeysも接近したとも言えよう。


 ソロ・ワークスとの違いは、過去の自分達を忘れずパンキッシュな楽曲やミドルテンポでヘヴィーな楽曲(Brick by BrickやLibrary Picturesなど)もあること。陽炎のような不確かな揺らめきと、太陽の強い日差しのような確かなアツさを感じ取れ、レコーディング・スタジオのあるカリフォルニアの風景を彼らなりに切り取ったかのよう。リラックスした雰囲気でアルバムを作り上げたことを証明している。アレックスのソロ作品の楽曲「Piledriver Waltz」をArctic Monkeys名義のこのアルバムでも披露しているが、ソロとバンドとでどう違うかをはっきりと明らかにしようとする気質も彼ららしさであり、今作と前作で明らかになったのは、Arctic Monkeysが変化を恐れぬバンドだということだ。


 ここ2作で違ったサウンドを聞かせる職人気質さを滲ませながら、結成からまだ10年も経っていないこの若きバンドは、ファンやメディアからの期待を「I'm not the voice of a generation.」で済まそうとする。持ち前のクールさや謙遜でありながら、そう徹することで自分達のテリトリー・信念を守らんとする強さ、他人に耳を貸さぬ『傲慢さ』『強さ』を持っている。それは、あの武道館の時から一切ブレていない。


『変化を恐れぬ信念を曲げない・曲げさせない彼らの姿勢』、それが現代最高のロック・バンドという評価たらしめている。その姿はどこまでも、気高い。


(草野虹)

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