くるり『ベスト オブ くるり / Tower Of Music Lover 2』(Victor)

|

くるりベスト2-.jpg 随分と赤裸々な形でのベストになった。

 思えば、06年のベストにはコンセプトというより、青い時代と実験の季節の紆余曲折を纏め上げたという意味で、一種、くるりの終わりを示していた。くるりの終わり、という意味では「How To Go」の前に終わりかけていたのかもしれないし、バンドとしてのフォーマットは都度、形態を変えていったが故に、その「終わり」の意味はどういったものになっていったのか、考えないといけないのも分かるが、間違いなく、これはくるりとしての作品になる。

 そして、このベストを経て、ということになるだろうか、周知の通り、くるりは、岸田氏、佐藤氏以外に、ギターの吉田省念、トランペット奏者のファンファン、ドラムの田中佑司の新メンバー三人が入り、京都にベースを移す。

 ちなみに、「京都」という記号に関して敷衍しておかないといけないのは、「外部」から見ると、如何にもスタイリッシュさと風光明媚を兼ね揃えた歴史的情緒に溢れた「良好で、ときに偏屈な」イメージがあるかもしれないが、「内部」側から鑑みると、常々自分の姿勢や知性や在り方を問われる<場所>は他にないと思うくらい、シビアな柵としきたりが張り巡らされた難渋な場所であり、学生の街として若人が往き来しながら、離合集散して刷新されながらも、モラトリアム的な爛れと伝統の重さが妙な軋みを孕んでいる。といえども、それは京都という街が「予め」歴史的に備えているエッジを持った排他主義的な純粋性と同時に併せ持つ保守的な部分とのアマルガムによって形成されており、歴史と革新が拮抗し合うというフレーズとは遠心力を持つ。寧ろ、それが「故の」多種多様な人種、知性、生き方を許容するメルティング・ポットとしての磁力の強さがある。そこで、綯い交ぜにされた整合美と、地均しされたカオスに満ちた「街」―としての、厳然とした境界。そんな「街」の代表的なバンドとして、くるりはカテゴライズされているが、"京都的なバンド"という括りがそもそもない「ように」、彼らも帰る場所は実は何処にも無い。だからこそ、今回、京都を拠点にもう一度、くるりを始めてゆくという在り方は厳然たる事実を示唆する。

>>>>>>>>>>

 今作の14曲の色合いはとてもまろやかな曲群で、ジェントルな趣きを持ったものが多く、クラシックとポップが融合された高潔な『ワルツを踊れ』からは「ジュビリー」、「ブレーメン」、「恋人の時計」、「言葉はさんかく こころは四角」の4曲、都会的なアーシーさが特徴的だった『魂のゆくえ』からは「さよならリグレット」、「かごの中のジョニー」、「三日月」(アルバムではボーナス・トラック扱いだが)の3曲、最新作の和的情緒をシンプルなバンド・サウンドで組み上げた『言葉にならない、笑顔を見せてくれよ』からはユーミンとのコラボ曲「シャツを洗えば」、「魔法のじゅうたん」の2曲、そして、映画主題歌として今年リリースされたカントリー調の「キャメル」、サイケデリックな透明感を持った「奇跡」に加え、CM曲として以前から流れていたものの、音源としてリリースされるのは初になるフォーキーな「旅の途中」、そして、映画『奇跡』の挿入歌である素朴な佳曲「最終列車」、ツアーでも披露されていた「鹿児島おはら節」の柔和なカバーといういわゆる、シングル集という体裁ではなく、コンセプチュアルな色彩を持った選曲が為されているのと同時に、アヴァンギャルドな要素が敢えて排されたクリアーですっきりした曲が目立つ。また、特徴的なのが、これまではときにマニエリスモ的だった岸田氏の歌詞が直截性を帯びてきており、素直でストレートな優しさが押し出されたものが多く、特にそれはこのアルバムで御披露目となった曲で明確に分かる。

《バスが来た 見知らぬ行き先に微笑む 君の横顔がまぶしくて 海へ行こう そしてまた名前を呼ぶよ ここは名もなきバス停だよ ここは旅のまだ途中だよ》(「旅の途中」)

《大切な宝物を探せよ ほらいつも ポケット裏返せば こぼれ落ちたのは いつか君がくれたぬくもり》(「最終列車」)

 基本、君(誰か)と繋がろうとしても繋がれない感情、アパシー、そこで沸き立つジレンマを「別離」というモティーフでリリシズムに落とし込み、描写してきた岸田氏の歌詞が前を向いた形で、その"続き"を歌おうとしている。これを日和見、加齢と片付けるのは容易かもしれないし、曖昧な余白を常に待備しているバンドだけに、この区切りも一つの句読点に過ぎないとみなせるかもしれない。ただ、このベストで見えるフェアポート・コンヴェンションやドノヴァン辺りのブリティッシュ・フォークの因子、チェンバー・ポップとしての室内音楽の箱庭感、凛としたダウン・トゥ・アースなカントリー要素はレイドバック、ではない、くるりが過去からブルーズ、サイケ、ポスト・ロック、ダンス、民族音楽、パワーポップ、プログレ、モッズ・ロックなどといった音楽的試行をしてきた結果、上澄みとして浮かび上がった健やかさがあるのも事実だ。

>>>>>>>>>>

 今、くるりという存在に何を求めているのか、おそらく古参のファンであるほど、距離感を持っていたりするのも正直なところだろうし、新しく参入したファンには過去のカタログを追いかけるとその分裂的な様と現在の佇まいの差異に戸惑いもおぼえるだろうし、新しい音楽の入り口を呈示するバンドとしての訴求力も過去ほどはないかもしれない。そこをかろうじて、岸田氏の声やメロディーと佐藤氏のベースが支えている表面張力の際どい部分が近年の彼らの危うさと魅力でもあり、また、ロック・バンドが「歳を重ねてゆくこと」の一つの臨床例を示していたとしたならば、今回のベストでは、京都タワーを前面に押し出した形ではなく、遠景に京都タワーを置き、進みだす刻印を残したといえる。このベストもだから、彼らからのささやかな近況報告書でもあり、なだらかな旅が続いてゆく「途中」をパッケージングしたものとして、捉えるのが正しい気がする。もう彼らも戻れないし、戻らない。

《なんで僕は 戻らないんだろう 雨の日も風の日も》(「ジュビリー」)

 (松浦達)

 

retweet